12-3 歯車

 ケイナを家に誘ったこと、兄と一緒に食事をしたこと、空港で事件に巻き込まれたこと。ずっとケイナが心配で病院にいたこと。
 かいつまんでのことしか話せなかったが、そのあとケイナの家に行ったことだけはどうしても言えなかった。 後ろめたい思いがあったのと、ノマドたちのことをどう説明していいのか よく分からなかったのだ。
アルとトニは目を丸くして硬直したままセレスの話を聞いていた。
「よくケイナを誘う気になれたねえ……」
話し終わったあと、トニが呆然としたように言った。
「というより、ケイナがよくきみと行動をともにする気になったなあ。なんか信じられないや……」
「エアポートの事件はすごい騒ぎだったんだよ。子供が撃たれたって聞いたから、ぼく、きみのことを心配したんだ」
アルはその時のことを思い出したのか、泣き出しそうな顔で言った。
「小さな女の子だったんだけど、撃たれてはいないよ。ケイナが助けたんだ」
セレスは答えた。
「犯人は一般市民が取り押さえたっていうことは報道されてた。でも、それが誰なのかってことは全然分からなかったよ」
トニはかぶりを振った。
「ケイナだったなんて思いもしなかった……」
「ケイナだってことは誰にも言わないで欲しいんだ。兄さんがマスコミに伏せてくれてる。そうでなきゃ取りざたされて大変なことになっちゃうんだ」
セレスは懇願するようにふたりに言った。
「分かってるよ」
アルは心外だな、というような表情でセレスを見た。
「それでケイナはもう大丈夫なの?」
トニは興奮して口が乾いたのか、水の入ったカップを取り上げながら気づかわしげに尋ねた。
「傷はもう完治してると思う。体力的にはまだ完全じゃないと思うけど・・・」
セレスはケイナが暴走状態だったことはふたりには言わなかった。
ケイナが心に深いトラウマを抱えていたことを言うつもりはなかったのだ。
「犯人は違法ドラッグの常習者だったって聞いたよ。あれから何か分かったのかな」
トニは不安そうに顔を曇らせた。
「地球に戻った時、母さんからさんざん気をつけろって言われたんだ。地球では違法ドラッグが子供にまで蔓延してるらしいんだよ。人から薬をもらったりしても絶対に飲んじゃいけないって言われた。それが頭痛薬だって言われてもね」
セレスはバッガスのことを思い出した。彼はあのとき本当に違法ドラッグを買っていたんだろうか。
もしそうならここのラインもドラッグが入り込んでいることになる。
「どうしたの?」
アルがセレスの表情を不審そうに見た。
「いや、なんでもないよ」
セレスはかぶりを振るとフォークを取り上げた。確証のないことはうかつには言えなかった。
「とにかく今回のことは大目に見てやるよ」
アルはふんぞり返って言った。
「ぼくはねえ、非常に寛大な人間なのさ。きみはこれまでぼくとの約束は破ったことはないし、こんなことになってたんじゃ忘れてたってしようがないものな」
「アル、ほんとにすまなかったと思ってるよ」
セレスはアルの顔を見て言った。それは正直な気持ちだった。アルはにっと笑った。
「正直に話してくれて嬉しいよ。きみが何にも言ってくれなかったらどうしようかと、本当は心配だったんだ」
セレスはあいまいに笑った。
なんだか気持ちが沈んだ。すべてをアルとトニに話したわけではなかった。
むしろ隠したことのほうが多かったかもしれない。
この先もっとこのふたりに隠すことが多くなりそうな予感がして、セレスは漠然とであったが不安を覚えた。
『アル…… ごめんな』
セレスは心の中で詫びた。

 セレスが自分の体の異変に気づいたのはそれから数日たってからだった。
 身軽さだけがとりえで腕と足の力が弱くトレーニングが辛かった記憶があったのに、休暇があけてからはさほど疲れを感じなくなっていた。
 休暇前に少し始めていたジェイク・ブロード教官の射撃の訓練も腕の力が弱いためになかなか焦点が定まらなかったのに、休暇が明けてからは面白いほど弾が的に当たった。自分で何も考えなくても目は標的を捕らえるし腕は少しもぶれずに伸びた。
ジェイク・ブロードは試しにセレスに動く標的を撃たせてみたが、それも7割は中心を射ぬいた。休暇前は動く的など1割落とせればいいほうだった。
「休暇中に何かトレーニングをしたのか?」
ブロードは不可解だといわんばかりの面もちで言った。
「いえ…… 何も……」
セレスはそんな目をされてもどうしようもない、と思った。自分でもどうしてだか分からなかったのだ。
もちろん休暇の二週間そこそこでいきなりここまで上達することなどありえないということはブロード自身が一番よく分かっていた。セレスの以前の様子を見ていれば、どんなに特訓したところで今の彼のようになるためには半年はかかるはずだった。
だとしたら答えはひとつ。できるようになったのではなくて、「もとからできていた」のだ。
なら、なぜ今までできないフリをしていたのか……
ブロードには分からなかった。
もっと不思議だったのは、動く標的を撃つ時にセレスの目がほとんど対象物を追っていないことだった。
たぶんセレス自身は気づいていない。見ていないのに、彼は確実に標的を捕らえる。
体のほかの感覚で対象を捕らえているのだ。
ブロードは同じような人間をほかにふたり知っていた。
ひとりはケイナ・カート。
もうひとりはセレスの兄、ハルド・クレイだ。
ハルド・クレイはブロードと同じラインの三年下の訓練生だった。
三年もあとから入ってきたのに、修了はブロードより二年も早かった。彼に勝つことなど、到底考えられないほどハルドは群を抜いていた。ハルドほどの人間にはもう二度と会うことはあるまい、と思っていた。
しかし、コリュボスのラインに教官として就任してから彼はケイナ・カートに出会った。
ケイナはハルド・クレイと会った時の全身が粟立つような感覚をブロードに思い出させた。
磨けば彼はハルド・クレイをしのぐほどの力を持っているはずだと確信した。
しかし、よもや同じような人間がもうひとりあらわれるとは思いもしなかったのだ。
セレスがハルドの弟だと思えばあり得ないことでもなかったが、この急激な変わりようにブロードは戸惑いを隠せなかった。
なぜ、今までできないフリをしていたのだ? 隠す理由など、どこにもないではないか・・・。
セレスはブロードが不審がっていることは分かっていたがどうすることもできず、彼が値踏みをするように眉根を寄せて自分を睨みつけることに堪えた。
ただ、休暇前のように怒鳴られる回数が減ったことだけは事実だった。

 しばらくして、ブロードはセレスを個別指導に切り替えることをセレスに告げた。
同じグループのジュディとトリルとはあまりにも能力が離れ過ぎてしまったのだ。
「セレス、すごいねえ…… いったいどんなトレーニングをしたの?」
訓練のあと、シャワーを浴びて濡れた髪を拭きながらトリルが感心したように言った。
「うん……」
セレスは返答に困って洗面台に顔を突っ込み、意味もなく何度も顔を洗った。
「身内が軍関係だと得だよな」
ジュディが聞こえよがしに言った。セレスはまたか、と思った。いつかは難癖をつけてくるだろうとは思っていたのだ。
「いつでもトレーナーになってもらえて、将来は保証されてるようなもんだしさ。コネがない人間はソンだよ」
「コネだけがすべてじゃないよ。そりゃ、ここに入るときにはぼくも父さんが中央塔がらみだったことは利用したけど……」
トリルは手をとめて言った。
「ぼくは何のコネもなしだぜ」
ジュディは肩をすくめた。
「セレスはいろいろとうまくやるよな。ケイナ・カートに取り入るのもうまいしさ」
それまで無視を決め込んでいたセレスは手をとめて思わずジュディを見た。
ケイナの名前が出るなど思いもしなかったのだ。
「なんでケイナのことが出るんだよ。関係ないだろ」
セレスの声にトリルは雲行きが怪しくなってきたことを感じ取って警戒した顔でふたりを見た。
ジュディはセレスが反応してきたので、にやりと笑った。それこそ彼の願っていたことだった。
「休暇明けにケイナと戻ってきたじゃないか。いったいどんな手をつかって彼を自分専属のトレーナーにしたんだよ」
セレスは呆れたように首を振るとジュディを無視することに決め、顔を背けて脱いであったトレーニング用のシャツを頭から被った。
しかしジュディは引き下がらなかった。
「おれ、見たんだぜ。休暇中にシティに出たろ? アシュア・セスが一緒だったよな」
ジュディの目は興奮して輝いていた。いつかおまえの本性を暴露してやる、と機会を狙っていたに違いない。