12-2 歯車

 ふたりは7時きっかりにアパートをあとにした。
 エアバイクを地下の駐車場に停め、見慣れた中央塔のエントランスに足を踏み入れると改めて休暇が終わったことが身にしみて感じられた。
 なんだかとても目まぐるしい休暇だった。
しかし、ケイナがとても身近に思えるようになった休暇でもあった。
2週間前にここを出る前と今とではケイナとの距離が全く違っていた。セレスにはそれが嬉しかった。
 ラインのフロアにあがると、ちょうど別のエレベーターからあがってきたらしいカインと会った。
「無事に戻ってきたな」
カインは言った。
「牢獄の中へね」
ケイナはそう答えてかすかに笑った。
「試験、頑張れよ」
カインはセレスにそう言うと、自分の部屋に入っていった。それを見送ってふたりも自分の部屋に向かった。
 部屋に入ってみると思いもかけずジュディが戻ってきていた。彼は机に向かっていたが休暇中少しも休息していなかったような相変わらずの青白い顔をこちらに向けた。
「早いご帰還だな」
ケイナが言った。ジュディはケイナの後ろからセレスがついてきたのを胡散臭そうに目を細めて見た。
「のんびり休暇を楽しむ時間はぼくにはありませんから」
ジュディはそう答えるとくるりと再び机に向き直った。
ケイナは何も言わなかった。セレスは相変わらずいやな野郎だ、と思ったが、黙って自分のブースに入っていった。
 バッグを開き、一番最初に入ってきたときのように荷物をクローゼットに詰め、そしてバッグの底に入れていた母のブレスレットを取り上げてしばらくそれを眺めたのち、来たときと同じように抽き出しに入れた。
これはいったい何の文様なんだろう。
しかしそれが解読できる日が来るとは思えなかったし、そんなに重要とも思えなかった。
この時のこの判断がのちに悔やまれることになろうなどとはもちろん思わなかった。

 翌日はほかのライン生たちも戻ってくる日だった。
セレスは早朝5時前に聞き慣れたトニの足音を聞いた。たぶん始発に乗って帰って来たのだろう。ちょうどケイナに出くわしたらしく、ためらいがちにあいさつする声が聞こえてきた。
「おはようございます。またよろしくお願いします」
ケイナの返事は聞こえなかった。ラインでの無愛想なケイナに戻ってしまったらしい。 あの、緊張状態のケイナに……
また次の休暇までケイナはぎりぎりのところで生活していくのだ。
でも、考えようによってはみんな同じだった。ここでゆっくりと睡眠を確保できる者などいない。
自分のブースの前にトニが来たので、セレスは声をかけた。
「トニ」
「セレス……!」
トニはびっくりした顔をしてバッグを持ったままセレスのブースに飛び込んで来た。
「いつ戻ってたの?」
「昨日だよ。一日早かったけど戻ることにしたんだ」
セレスはトニがどうしてこんなに自分を見て驚くのか分からなかった。
「どうして来なかったのさ。アルはかんかんに怒ってるよ」
トニはほかのふたりに聞こえないように声を潜めて言った。
「来なかったって……?」
そうつぶやいてからセレスはぎょっとした。
完全に忘れていた。休暇前にアルのコテージに行く約束をしていたのだった。
「きみが約束を破ったことなんかないのにって、アルの嘆きようったらなかったよ」
トニは首を振ってセレスをとがめるように言った。
「ごめん…… ちょっとごたごたしてたんだ……」
セレスはそう言うしかなかった。
「 ぼくに謝るよりアルに謝っとけよ」
トニはため息をついた。
「何回かきみん家に連絡したんだ。でも誰もいないし・・・。 個人通信のアドレスにコンタクトしても何の応答もないし、地球にでも戻ってたの?」
「いや…… そうじゃないんだけど……」
空港での事件はまだしも、そのあとケイナの家に行っていたとはとても言えなかった。
家に戻ってからもレポートのことで頭がいっぱいで連絡履歴を確認することすらしなかったのだ。
「とにかく、アルに会ったら声をかけるんだよ」
「うん……」
セレスはうなずいた。
何と言って謝ればいいんだろう……
それを考えると気が重くなった。
そういえばあれから兄さんにも連絡してなかった…… なんかおれって最悪……
トニはしばらくセレスを見つめていたが、やがて自分のブースに引っ込んでいった。
 その日の昼食の時、セレスはトニに連れられて渋々一緒にダイニングに行った。
案の定、アルは不機嫌そうな顔で食事をしていた。食事のトレイを持ってトニが肘で脇腹をつついたので、セレスはためらいがちに声をかけた。
「やあ…… アル」
アルはじろりとセレスを見上げたあと、しばらく無言で肉をいじくっていたが、ぼそりと言った。
「何かあったんじゃないかと心配したんだよ。連絡してよ」
「ごめん……」
セレスは言った。アルはぶっきらぼうに空いている自分の横の席を顎で示した。
「とにかく座ってメシ食いなよ」
セレスは素直にそれに従った。トニもセレスの横に腰かけた。
「まさか、きみのお兄さんに連絡するわけにもいかないしさ。どっかで事故にでもあったんじゃないかって思って、何度もニュース見たんだよ」
アルは口を尖らせてぶつぶつ言った。
「悪かったよ」
セレスは頭を掻いた。
「それで?」
アルはセレスの目を探るように見た。
「ぼくとの約束を忘れるほど重要なことがあったんだろ。無理にとは言わないけど、その気があるんなら言ってよ。何にもなくてすっぽかされたとは思いたくないんだ」
セレスは躊躇した。しかし思い切って話し始めた。