12-1 歯車

 セレスの家に行ったケイナは2日間ほとんどしゃべらずに黙々とリビングのテーブルに向かってレポートを書いていた。
食事はファストフードやキッチンの機械を使ったが、食事をしている間もケイナの手は休むことがなかった。
 セレスはケイナの邪魔をしないように彼に必要以外は話しかけなかった。
もとより自分もレポートを書き上げなくてはならなかったからぼんやりしているゆとりはない。
一度だけ、セレスはコーヒーのカップをケイナの前に置いてなにげなしにつぶやいた。
「おれ…… 休暇中、一度もトレーニングをしてなかったけど…… 大丈夫かな、試験……」
ケイナは知らん顔をしている。セレスは肩をすくめた。しばらくして、彼はちらりとセレスに視線を向けた。
「戻ったらRPでちゃんと見てやるよ」
セレスは口をつけかけたカップを離してケイナを見た。
「このあいだ言ったろ? ブロードのしごきに耐えて、おれのRPを文句言わずにこなしてりゃ、大丈夫だって」
「分かってる。分かってるよ。ちょっと言ってみただけだよ」
セレスは手をあげて言った。
「言ってみただけだよ」
セレスは自分に言い聞かせるようにそう言うとコーヒーカップを持って自分の部屋に向かった。
ケイナはその後ろ姿を見送って少し笑った。

 中央塔に戻る日、ふたりは6時に起きて身支度を始めた。
休暇はまだ一日残っていたが、戻ってきたというチェックをする時間は決められていたからだ。
「なんだか荷物を作ったりほどいたりで面倒くさいな……」
セレスは荷物をバッグに詰め込みながらつぶやいた。ハルドの服を借りていたケイナはその服をバッグに詰め込もうとしていた。
「ケイナ、兄さんの服はランドリーに突っ込んどけばいいよ。たぶん次の休暇まで兄さんが戻ってくることないから」
セレスが手を差し出したので、ケイナは肩をすくめて再びバッグの中から服を取り出した。
「悪いな」
彼がそう言ったとき、服と一緒にくっついて出たのか床に何かが落ちてかちりと小さな音をたてた。
「何か落ちたよ」
セレスは自分の足元に転がってきたそれを拾い上げた。そして呆然としたようにそれを見つめた。
「何?」
ケイナはセレスに近づいた。セレスが手に持っていたのはプレートのついたペンダントだった。
「ああ……」
ケイナは髪をかきあげた。
「それはおれの実のおふくろが持っていたとかいうやつだ」
セレスは思わずケイナを見た。
「ケイナのお母さんが?」
戸惑っているような表情をしている。
「そうだよ」
予想外の反応にケイナは不審そうに目を細めた。
セレスは慌ただしくせっかく荷物を入れたバッグをかき回した。そして形見のブレスレットを取り出しケイナに見せた。
「訓練の時は邪魔になるからつけたことなかったんだ」
ケイナはブレスレットと自分のペンダントを受け取るとふたつを見比べた。
「プレートの部分、同じデザインだよね」
セレスは言った。確かにそっくりだ。だが彫り込まれている文様が違う。しかしそれ以外はプレートの形も大きさも全く同じだった。エメラルドらしい石もある。
「叔母さんはどこかに旅行に行った時に母さんと父さんとペアで買ったんだろうって言ってた。素材がいいものだから持っておけって形見に渡されたんだ」
文様はどこかの形象文字のようで、何をあらわしているのかはさっぱり分からなかった。単にデザインだけのものかもしれない。
「ケイナはいつこれをお母さんからもらったの?」
セレスが尋ねると、ケイナは肩をすくめた。
「覚えてない。おれがノマドに行ったのは赤ん坊の頃だし、レジーに引き取られた時も自分で一緒に持って来た記憶はない……」
ケイナはつぶやくように答えた。
「ただ、レジーは…… おれの今の養父はこれのことは絶対に失くさず、誰にも見せず、持っていることを口外するなと言ってた。ジンクスみたいなもんだと思ってた……」
「おれ、そんなこと全然言われてないよ。だって、これただのお土産物だろ?」
セレスはケイナの顔を見た。
「どこの?」
ケイナはセレスの顔を見て言った。
「どこのみやげ物なんだ?」
「知らない…… 聞いてない。叔母さんだって知らないみたいだったし……」
セレスは困惑して答えた。母の形見である以外に何か意味があるなど考えたことがなかった。
ケイナはプレートを持ったままセレスのバッグの中身が散らばるソファに腰かけた。
「中に書いてある絵文字みたいなのが読めればどこのものか分かるかもしれないけれど…… こんな文字は見たことない」
ケイナはつぶやいた。
「ケイナのお母さんや、おれの母さんの時代に流行ったアクセサリーなのかも。素材もいいものだしさ」
セレスは言った。
材質は確かにいいものらしい。シャツのそで口でこすると、銀色の輝きがたちまち甦った。
 これまではケイナ自身もこのプレートに対する思いはセレスと似たようなものだった。
実の母が生前身につけていたのだろうというくらいで、それ以外の理由があるなど考えたこともなかった。
彫り込まれている文様はケイナのプレートには小さな円の中心に黒い点が打ってあり、そこから細い線が右上上方に伸びている絵と英文字のKを左右反転させたような文字、そして縦にみっつ並べた点、ふたつ並んだ小さな円、たてにみっつ並んだ線。
そう描かれていた。
セレスのプレートは、最初の円は同じだったが英文字の反転のKの文字が Gのような文字にくっついている形と、そのあとの点は五つで、ひとつの円、ラインは一本だ。
ケイナは過去にライブラリで見た数々の形象文字のパターンを思い浮かべたが、 そのどれにも当てはまりそうなものはなかった。 きっとそこいらのライブラリ規模では分からない分類なのだ。
 ケイナは無言でブレスレットをセレスに返すと、背を向けて再び荷物をまとめ始めたが、ふと思い直したように自分のペンダントを首にかけると服の下に入れた。
「つけとくの?」
セレスが尋ねるとケイナは肩をすくめた。
「なんとなく」
セレスはしばらくブレスレットを見つめていたが、やがてケイナから離れた。
分からないことにいつまでも考え込んでいる余裕はなかった。