11-9 予見

 中央塔の近くにある公園にエアバイクを降り立たせると、アシュアがめざとく近くのカフェを見つけてコーヒーを買ってくると言って駆け出した。
 早朝なので公園にはあまり人がいなかったが、空港で早い便に乗るらしい、いかにもビジネスマンらしい男の乗ったプラニカが何台か近くを走り抜けていった。
「シェルのパイを持ってきたよ」
セレスが適当に引きちぎったらしい紙で包んだベリーパイをバッグから取り出した。
「食べなきゃ、彼女に悪いよ」
セレスはそう言い、ケイナとカインにひとつずつ紙包みを渡した。
ケイナは朝から甘いものを食べたくないのか少しげんなりした顔をしたが、黙って紙包みを受け取った。
「あっちにベンチがある」
カインが木立の向こうにある池のほとりを顎でしゃくった。
3人がベンチに腰かけてまもなく、アシュアが熱いコーヒーの紙カップを持って戻ってきた。
「ケイナと違っておれは朝強いけど、今日みたいに自然な目覚めでないのはどうもいかんぜ」
アシュアはそれぞれにカップを渡すと愚痴をこぼした。セレスはアシュアにもパイを渡した。
「お! 気がきくじゃねえか! おれ、あのまんま置いてきたと思ってたぜ」
アシュアは嬉しそうに言った。
「シェルはおれたちに絶対食べて欲しいと思うんだ」
セレスは笑って言った。
「朝から血圧の高いやつだな・・・」
ケイナはコーヒーをすすってつぶやいた。
それを聞いたアシュアはケイナを指差した。
「セレス、こいつはな、ラインに入りたての頃は寝坊こそしなかったが目覚めが悪くてな、寝起きはすげえ機嫌悪いんだ。おれは何回も殴られそうになった」
「アシュアとケイナは同じ部屋だったの?」
セレスはパイをほおばりながら尋ねた。シェルのパイは甘過ぎる気もしないではなかったが、おいしかった。
「一年だけだけどな。愛想悪いんだよ、こいつは。にこりともしない奴だったぜ」
アシュアは答えた。ケイナの愛想の悪さはわざわざ聞くまでもないがただでさえいつも不機嫌そうなケイナが更に不機嫌になるのはちょっと想像したくなかった。
「それはそうと、ケイナ、これからどうする」
カインは言った。ケイナは肩をすくめた。
「さあ…… どこか安ホテルにでも泊まるかな…… 2日くらいならなんとかなるし」
「泊まるだけならおれんちに来いよ。メシ食わせてやるぜ」
アシュアが言うと、ケイナは冗談じゃない、という顔をした。
「あんな、がらくたまみれの部屋、絶対行かない」
アシュアは肩をすくめた。
「セレスは自分のアパートに戻んな。おまえ、レポートも書いてないだろう」
アシュアがセレスに目を向けて言った。
「分かってる」
そう答えながらセレスは何か重要なことを忘れているような気がしたが、それが何なのか思い出せなかった。
「ケイナ、良かったらぼくのアパートか、リィ系列のセキュリティのあるホテルに……」
カインがそう言いかけると、ケイナはじろりとカインを見た。
「何か見えるのか?」
「いや。そうじゃないけれど……」
カインは答えた。
「心配すんなよ。大丈夫だから。もっとも……」
ケイナはちょっと言葉を切った。
「おまえがそうしなきゃならないって言うんだったらそれに従うけど」
カインは口を引き結んでカップに目を落とした。
「ケイナ、またおれんちに来る?」
セレスはためらいがちに言った。
「おれんちだったら少なくとも兄さんの部屋が空いてるから、ひとりになれるよ」
「どいつもこいつも……」
ケイナは空になった紙コップをぐしゃりと握りつぶした。
「人をガキ扱いしやがって……!」
アシュアがげらげら笑い出した。
「子供じゃねえか! ひとりじゃメシも作れねえくせに!」
ケイナは握り潰した紙コップをアシュアに叩き付けると立ち上がった。
無言で3人に背を向けると、エアバイクを停めてある方にバッグを抱えて歩き出した。
「あれ? ほんとに怒ったかな?」
アシュアが欠伸まじりに言った。
セレスはアシュアをちょっと睨みつけると、パイの最後のひときれを口にほおばって立ち上がり、急いでケイナの後を追った。アシュアとカインはちらりと目を合わせて、何も言わずにその姿を見送った。
「ケイナ!」
セレスはエアバイクにまたがるケイナに走りよった。
「アシュアは冗談を言ったんだよ。本気で怒んなくても……」
「怒ってねえよ」
ケイナはセレスを見て苦笑した。
「おまえはほんとにそのまんまなんだな」
ケイナはエアバイクのエンジンをかけた。
「……?」
セレスはわけが分からずにケイナの顔を見た。ケイナはバイクの後ろを顎でしゃくった。
「乗れよ。おまえんちに泊めてもらうから」
「え?」
セレスは呆然とした。
「あいつらもそうしろってさ」
ケイナはアシュアとカインの座っているベンチを目で指した。セレスが慌てて目を向けると、ふたりはこっちを振り向いていた。アシュアがセレスにひらひらと手を振った。
「早く乗れ」
ケイナは言った。セレスは顔中に笑みをあふれさせるとケイナの後ろに飛び乗った。
ふたりが空高く舞い上がって走り去っていくのをカインとアシュアは見送った。
「とりあえずこれでいいのかな」
アシュアはぱくりとパイにかぶりついて言った。
「抑制装置がなくなってまだ間がないんだ。ひとりにしとくのはまずい。かといって、ぼくたちのそばには絶対来ないからな」
カインはコーヒーを飲んで答えた。
「いつまでたってもおれたちは警戒されたまんまだな」
アシュアは食べ切ったパイの紙包みを丸めた。
「セレスとぼくたちは彼にとって根本的に違うんだよ・・・」
カインは目を伏せた。
「ぼくらはケイナにとって守ってもらうための存在だ。だけど、セレスは彼の心の中で守るべき存在になってるんだ」
カインは空になった紙コップを見つめてつぶやいた。
「守りたい人間がいると、人はこんなにも変わるもんかな……」
「それが仇にならなければいいけどな」
アシュアはため息をついて空を見上げて答えた。