11-6 予見

「おれは今腹が減って最高に機嫌が悪いからな」
ようやくアパートに戻ってきたアシュアとセレスの顔を見るなりケイナは言った。
「すぐに口から溢れ出るくらい食わせてやるよ」
アシュアはそう答えると包みを持ってキッチンにそそくさと入っていった。その後ろをカインはついていき、慌ただしく動くアシュアに声をひそめて言った。
「何があったんだ?」
「おれがいたから警報は見えなかっただろ」
アシュアは答えた。
「何があったか言え」
小声で詰め寄るカインにアシュアは包みの中から肉や野菜を取り出して並べながら顔をしかめた。
「あの坊やがバッガスにちょっかいを出したから、取り巻き連中にとっつかまったんだよ」
カインは呆れたように両手をあげ、そしておろした。
「それはたいしたことじゃないんだが。二年前の残派が残ってることをあいつ、知ってしまった。 どうやらテレンスとクラバスだったらしい。マッドもいたな」
やっかいなことにならなければいいが…… カインはため息をついた。
もっと自分の能力があればこういうとき予知ができるはずなのに。 分かっていれば行かせなかった。そう思うと悔しかった。
 リビングではケイナがミネラルウオーターのボトルをセレスに渡していた。
「だいぶん前に出したから冷えてないぜ」
「いいよ」
セレスは一気に飲み干した。咽はからからに乾いていた。
「アシュアは人間のいろんな部分の弱点を知っているんだ。たいしたもんだろ?」
「え?」
ケイナがいきなり言ったので、セレスは面喰らった。
「アシュアの顔見りゃわかるよ。あいつバッガスが嫌いなんだ。 バッガスの顔を見たら数時間は苦虫かみつぶしたような顔してるぜ」
「そんな感じじゃなかったよ」
セレスはそう言ってしまってからしまったと思った。ケイナにはめられたのだ。
「あいつらに自分から構うな。おまえにはまだ無理だ」
ケイナはにやにや笑って言った。セレスはむくれてミネラルウオーターのボトルを床に置いた。
「アシュアにも同じことを言われた……」
セレスは口を歪めた。
「もっと早く強くなりたい」
「半年くらいたちゃどうにかなってるさ」
ケイナはごろんと横になって言った。
「教科講議はいいとして、ブロード教官のしごきにめげず、おれのRPにめげず、 三ヶ月後の進級査定でせめてランク五位くらいには入れば」
ケイナは指を折りながら歌うように言った。セレスは大きな息をついて首を振った。
そんなセレスを見て、ケイナは身を起こした。
「セレス、おれは三ヶ月後にはもうあの部屋にはいないぞ」
その言葉にセレスははっとした。
「ルームリーダーの期限が切れる。もうおれにはロウラインのルームリーダーになる義務は残っていない。おまえがあがってこないと接点はない」
「…………」
セレスは鋭い目で自分を見つめるケイナを凝視した。
「三ヶ月後の進級査定でランク五位以内に入れば、その二ヶ月後に飛び級試験を受けることができる。そこでハイラインに入らなければ一年待つはめになる」
「無理だ、そんなの……」
セレスはかすれた声で言った。
「おまえの兄さんはそれをやってのけてるよ」
ケイナはかすかに口を歪めて言った。セレスは戸惑ったように目を伏せた。
兄さんとおれは違う…… しかし口には出せなかった。
「おまえのためでもあるんだぞ。おまえはバッガスたちに接近し過ぎた。あいつらはおまえがおれのほうについた人間だと思っているはずだ。この休暇が終わったら、おまえもアシュアやカインと同じように反目を引き受けることになる」
セレスはキッチンのほうをちらりと見た。
彼らは自分で自分の身を守ることができる。でも、おれは……。
セレスはこぶしを握り締めた。
「待ってやりたいけど、おれには時間がない。ラインを出てしまったらおまえとは二度と会うことはなくなる」
「どういうこと……?」
セレスは目を丸くした。
「ラインを修了したらどこかに行くの?」
ケイナがしばらくためらって口を開こうとしたとき、キッチンからアシュアが出てきた。
「悪いニュースだ」
アシュアは顔をしかめて言った。
「ナイフを持ってくるのを忘れた」
ケイナとセレスはアシュアを見上げた。
「ナイフって…… 料理の? ここにはナイフがないの?」
セレスは呆気にとられた。
「こいつは自炊なんか一切しないから鍋もナイフもないんだよ。前の時はおれんちから持ってきてた。今回はちょっと、その…… ごたごたしてたから……」
アシュアは頭を掻いて言った。ケイナはくすくす笑い始めた。
「ファストフードを注文したよ。何もないよりましだろう」
カインがアシュアの後ろから言った。ケイナはさらに大声で笑い始めた。
やがて伝染したように全員が笑い始めた。
「すばらしい晩さん会だ!」
ケイナはそばにあったクッションを放り投げた。そんなケイナを見るのは全員が初めてだった。

 その夜、四人はとてもおいしいとはいえないハンバーガーやサンドイッチで空腹をとりあえず満たし、疲れ果てたらしいアシュアは早くも床に寝転がって高いびきをかきはじめた。
 ケイナがタオルを放ってよこしたのでセレスはシャワーを浴びることにした。
「男四人で色気のねえ食事だったな……」
セレスがバスルームに入ったのを見送ってケイナはため息をついた。
「今までで一番にぎやかな休暇になりそうじゃないか」
カインは苦笑いしながら答えケイナは肩をすくめた。
そのとき、誰かが部屋のドアをノックした。カインが怪訝そうにケイナを見た。時計を見ると午後11時を回っていた。
「ごめんなさいね、こんなに遅く」
ドアの外に立っていたのはジェニファだった。
「すみません。大騒ぎしてしまったかな」
ケイナは丸まると太った彼女の顔を見て言った。ジェニファは笑った。
「違うのよ。シェルからベリーパイを届けて欲しいって言われて」
ジェニファはまだ熱いパイ皿を差し出した。ケイナは戸惑ったようにそれを受け取った。
「シェルは朝と夜がごちゃごちゃになっているの。昼食に間に合うからなんて言ってたわ。 ごめんなさいね。熱いのを届けてあげたかったし、彼女、最近膝がかなり痛むらしくて自分じゃ運べないのよ」
ジェニファの申し訳なさそうな顔を見て、ケイナは笑ってうなずき彼女の頬にお礼のキスをした。
シェルはいつも杖をついている。歳のせいかかなり足が悪くなっているようだった。そんな中でわざわざパイを作ってくれたのだ。
「ケイナ、それでね、ちょっと・・・」
ジェニファは奥のカインを気づかうように声を潜めた。目が外に出てくれないか、と言っている。
ケイナはちょっと待って、というようにジェニファに手をあげるとパイ皿を持っていったん部屋の中に戻った。
「ちょっと出て来る」
カインはアシュアに毛布をかけているところだった。
「ジェニファが夢でも見たのか?」
カインはそう言って振り向いた。しかしケイナはそれには答えなかった。
「シェルからパイの差し入れだ」
ケイナはパイ皿を彼にかかげて見せるとキッチンに運び、そのまま部屋を出ていった。
カインはそれを黙って見送った。
あの夢見使いは時々危うい感じがする。自分が見るよりもはるかにいろんなことを予知するようだ。
彼女がまたケイナの心をさざめかせるようなことを言わなければいいが、と思った。