11-5 予見

「おまえは味方か? 敵か? おれがおまえのボスに相反したら、おまえはおれを撃つか? 殺すか?」
「ケイナ……」
カインは面喰らった。ケイナの目は自分を見つめているのに、全く焦点が合っていない。
いつもそうだ。まるで相手の頭の中を見つめているような目だ。
カインはこの目が怖かった。未来を予知する自分の目よりもはるかに先を見据える目のようで身震いがするのだ。
そしてこの目をする人間がもうひとりいる。
セレスだ。
「ぼくは……」
カインは喉元を締め付けられるような感覚を憶えながら言った。
「ボスを裏切るより、きみを敵に回すほうが怖い」
ケイナはそれを聞くと、ついと顔をそらせてカインの横に座った。
「よかった」
ケイナは言った。
「おれもおまえと敵対したくない」
カインは何事もなかったかのような顔でミネラルウオーターを飲むケイナを見てほっと息を吐いた。このまま真正面から見ていられたら卒倒してしまいそうだ。
「あいつにだけはカンパニーには手を出して欲しくないんだ」
ケイナはつぶやいた。
「おれと出会ったために、あいつまで巻き込むのは厭だ」
カインは心の隅で小さな火がくすぶるのを感じていた。ケイナがセレスのことを気にするといつもその火を意識する。
「きみは……」
カインは床に置いたメガネを見つめて言った。
「きみは自分のことは諦めたと言うのに、セレスのことは諦められないんだな」
ケイナは何も言わなかった。
「巻き込むのが厭なら、どうして彼を遠ざけない?」
カインは言い募る自分に不快感を覚えていた。ケイナはやはり答えなかった。
カインはミネラルウォーターのボトルを見つめるケイナを見て、そして窓の外に視線をそらせた。

 セレスはバッガスに気づかれないように細心の注意を払いながら彼の後ろにくっついていった。
 バッガスは途中何度も立ち止まり、店のショウウインドウを眺めたり知らない少女に声をかけてからかったりしていた。
いったい彼は何をしているのだろう。
何回か腕の時計を気にしているところを見ると誰かと待ち合わせているのかもしれなかった。
 バッガスが数件先の店先で立ち止まったので、セレスは慌てて手前の角で身をかくした。
しばらくバッガスの様子を見ていたが、ふいに殺気めいた気配を背後に感じてセレスは反射的に身を縮め、同時に振り返った。
「へえ……」
セレスはそこに立っていた影を見た。
「新人にしては妙に身のこなしが軽いな」
体中にどっと汗が吹き出した。数人の少年たちがセレスを見下ろして立っていた。
「なんでバッガスをつける?」
「別につけてなんかいない」
セレスは口がからからに乾くのを感じた。私服だが彼らはラインの生徒だ。 自分のことを新人だと知っているからだ。だが、彼らの顔には見覚えがなかった。
「何かつけなきゃならない理由でも?」
顔中にきび跡だらけの少年が言った。
「何かって…… なんだよ……」
セレスは身構えた。
「それはこっちが聞いてる。意味もなくバッガスのあとをつけるわけがないだろ?」
少年は不審そうに目を細めた。
「探偵ごっこなんかやめて子供は早く家に帰んな」
別の少年が言うやいなや、あっという間にセレスは建物の陰に引きずりこまれていた。
「離せ……!」
抵抗したが相手は三人もいた。体の大きさがあまりにも違い過ぎる。 誰かが後ろからセレスの脇に腕を差し入れ、両腕をはがいじめにした。 そして、にきび面の少年が腕をセレスの首に押しつけた。
「なあ、おれたちは優しい上級生なんだぜ。だから、ちゃあんとお土産を持たせてあげるんだ」
そして彼はセレスのみぞおちを思いきり殴った。息が詰まり、目が飛び出すのではないかと思った。
腕をはがいじめにされながら体をくの字に折り曲げて苦しむセレスの髪をつかんで彼はセレスの顔を引き上げた。
「きれいな顔してるじゃねえか。ケイナほどじゃねえけどよ」
にきびの少年のうしろにいた奴が言ったが、焦点がぼけてセレスには顔がよく見えなかった。
「おまえもおもちゃになるか? あいつみたいに。殴られるのと抱かれるのとどっちがいい?」
「なに……?」
髪がざわっと逆立つ気がした。こいつらもしかして……
『そんなはずない…… ケイナを襲った奴は除名されたってカインが……』
「バカなこと言ってんじゃねえよ。ユージーに知れたらぶっ殺されるぞ」
にきびの少年が思わず声を潜めて言った。
「おまえら……! おまえら! ケイナを……!」
セレスは腕をふりほどこうともがいた。
「黙ってろ!」
セレスは顎を掴まれた。
「おまえ、ケイナ・カートを知ってんのか? あいつはおれたちの仲間を半殺しの目に合わせたんだぞ。仲間がそんな目にあったらどんな気持ちか教えてやろうじゃないか」
再びこぶしが振り上げられた。セレスは思わず目を閉じた。
しかし、こぶしは飛んで来ない。
目をあけると、さっきまで目の前に立っていたにきび顔がいなかった。そしてその後ろに立っていた少年もいなかった。
何があったのかと考える間もなく、いきなり腕の枷が外れてセレスは地面に崩れた。そこでようやく彼らがだらしなく地面に転がっている姿に気づいた。
「セレス! 立て!」
乱暴に腕を取って誰かが怒鳴った。
「アシュア?」
セレスはびっくりして腕を掴んだ相手を見た。
「あっちにエアバイクを停めてる! 逃げるぞ!」
セレスが何か言おうとするヒマも与えず、アシュアはセレスをひきずるようにしてバッガスがいる通りと平行している建物の反対側の通りに走った。
エアバイクのそばに来てようやくアシュアはセレスの腕を放した。
セレスはごほごほとむせんだ。殴られた胃の上がまだ重苦しかった。
行き交う人が怪訝そうにふたりを見ていったが足を止めることはなかった。
「無茶しやがって……」
アシュアはエアバイクのエンジンをかけながらつぶやいた。
「おまえが顔に痣なんか作って帰ってみろ。ケイナにぶっ殺されるぜ」
「あんた強いね、アシュア……」
セレスは胃のあたりを押さえながら言った。
「あいつらなんであんなにあっさりのびちまったんだ?」
「ラインのガキを失神させるなんざ、十秒ありゃ充分だ」
アシュアはふくれっつらで言った。
「自分だってラインのガキじゃんか」
セレスはくすくす笑った。
「乗れ! このクソガキ!」
アシュアは怒鳴った。セレスはアシュアの剣幕に笑みを引っ込め、それに従った。
エアバイクが上昇してからセレスはためらいがちに言った。
「アシュア、ごめん。ありがとう」
アシュアはしばらく黙っていたが、やがて言った。
「おまえにはあいつらを相手にするのはまだ無理だ。ケイナのそばにいたいんだったら、もっと強くなってくれなくちゃ困る」
「わかってる……」
セレスは素直に答えた。
本当にそうだった。腕も足も力が弱い。
あんなふうに三人にかかられて、自分の身を守ることもできなかった。
悔しいけれど、アシュアとカインは自分の身は自分で守れるという事実から目をそらせなかった。こんなことでケイナのそばにいても彼のあしでまといになるだけだ。
そしてあいつらがケイナをまた襲うかもしれないということもまた事実だった。
「アシュア……」
「なんだよ」
アシュアはぶっきらぼうに答えた。
「あいつらまだいる…… ケイナを襲った奴等、まだラインにいるんだ」
アシュアは黙っていた。
背中しか見えないので、彼がどんな表情をしているのか、セレスには分からなかった。
「分かってるよ」
アシュアはしばらくして答えた。
「分かってるけど、除名された奴等以外は証拠がないんだ。たぶん途中で部屋を抜けてったんだろう」
セレスは唇を噛んだ。
「ケイナには言うなよ」
アシュアは言った。
「あいつは全員除名になったと思ってる。それからバッガスが薬を買ってたってことも言うな」
ほんとにケイナは知らないのかな…… あれだけ勘のいいケイナが……
セレスは思ったが、口には出さなかった。