11-3 予見

 ケイナの部屋は殺風景とも思えるほど何もなかった。
 床は人造ではあったがよくできた板張りで、小さなキッチンとクッションが数個置いてあるだけの小さなリビング、そして向こうにはベッドを置くくらいの広さしかないという寝室がひとつだとケイナは言った。
窓が多く明るいので狭くても閉塞感はない。
とはいえセレスの家に比べればまるで人が住んでいるような気配のない部屋だった。
こんな部屋にケイナは休暇のたびに戻ってきてひとりで過ごしていたのだろうか。
セレスは何とも言えない思いで部屋を眺めた。
「おまえの家と比べると空家みたいな気がすんだろ?」
呆然としているセレスにケイナはバッグを床に放り投げながら言った。
キッチンに行ったケイナをちらりと見てカインが神経質そうに彼のバッグを拾いあげて部屋の壁際まで持っていった。
「ここに来るといつもほっとするぜ。足が伸び伸びのばせるもんなあ!」
アシュアはどっかり床に腰を降ろすと、大きな伸びをして大の字に寝転んだ。
「おまえはごちゃごちゃいろんなもん持って帰るから部屋が狭くなるんだよ」
ケイナはミネラルウオーターのボトルを数本ぶら下げて戻って来るとアシュアを見下ろした。
「アシュアは壊れた看板だの、捨ててあった家具だの、すぐにもって帰る癖があるんだ」
ケイナに渡されたミネラルウォーターをセレスに渡してやりながらカインが言った。
セレスはあいまいに笑ってそれを受け取った。なんだか変な気分だった。
カインもアシュアもこれまでの感じと違って見えた。会話も、やっていることも、ごく普通の17歳の少年だ。
ラインで見ていた彼らはいつもぴりぴりした空気に包まれていて、セレスは知らず知らず彼らのそばにいると緊張したものだ。今の彼らには自分を緊張させるものは何もなかった。カインですら穏やかに笑みを浮かべている。
「ちょっとひと休みしたらメシの買い出しにでも行くか。セレス、おまえ荷物持ちだぜ、ついて来いよ」
アシュアが水をぐいっとひと飲みして言った。
「買い出し?」
セレスは面喰らったようにつぶやいた。
「おれのスペシャルメニューを食わせてやるよ」
アシュアはにいっと笑ってみせた。
「何を買いに行くの」
セレスは疑わしそうにアシュアを見た。
「何を買いに行くかだって?」
アシュアは信じられないというような顔をした。
「決まってんだろ。今夜のディナーの材料を買いにだよ。エビ、ブロッコリー、コメ、たまねぎ、アスパラガス、それから……」
「そんなのオンラインで配達してもらえばいいじゃないか。配送口、ここにはないの?」
セレスの言葉に一瞬三人は黙り込み、それからケイナがくすくす笑い始めた。
アシュアは顔を真っ赤にしてセレスを睨みつけた。
「直接シティに行って自分で選んでくるんだよ! 材料選びの醍醐味をしらねえのか!」
「おやじクサイこと言ってんな……」
セレスがぽつりとつぶやくと、アシュアはものすごい勢いでセレスに飛び掛かり、その体をはがいじめにした。セレスは抵抗したがアシュアの力にかなうはずもない。
そのうちふたりとも笑い始めた。
「大騒ぎすんなよ。下の部屋の住人に迷惑だろ。この家そんなに造りが頑強じゃないんだぞ」
ケイナが苦笑しながら言った。ふたりははあはあ息をきらして離れた。
「行くぜ!」
アシュアは立ち上がった。
「カイン、こいつのお守を頼むぜ」
アシュアがそう言ってケイナを顎でしゃくってみせると、カインは物静かに笑ってうなずいた。
ケイナはふん、と鼻を鳴らした。

 ふたりはアパートの下に停めたエアバイクに乗り、再び中央塔のほうに向かって飛び立った。
 シティのショッピング街はケイナのアパートから三十分ほども離れていた。
「ケイナはなんであんなに中央から離れた場所にアパートを借りたの?」
モールの駐車場にエアバイクを停めるアシュアにセレスは尋ねた。
「普段いる家じゃないからな。それにノマド占有だし」
アシュアはこともなげに答えた。
「でも、中央塔からバイクで一時間なんて遠すぎる……」
セレスはつぶやいた。アシュアはセレスを見下ろした。
「中央からはできるだけ離れてるほうがいいんだよ。 あそこにはラインに入ってるような年齢の奴は絶対いないし、あいつらもわざわざ休暇中に一時間もかけてケイナに悪さをしには来ない。自分のことで頭が一杯だからな」
アシュアはセレスを促して歩き始めながら言葉を続けた。
「あいつが意識してノマドが多いアパートを選んだのかどうかは分からないけれど、あそこは無防備なようで実はたえず住民の目が光ってるんだ。彼らは自分の同胞に敵対しているような人間は絶対に見逃さない。何かあれば住民全部が一致団結してケイナを助けに行くだろうさ」
セレスは人込みにごったがえす道を歩きながら黙ってアシュアの言葉を聞いていた。
「ノマドは人類にとってものすごい脅威だよ。ジェニファやシェルみたいに呪術や職人だけじゃない。中央で働く人間より、はるかに博識で力もある人間が大勢いる。彼らがノマドではなく反体制派に全員ついたら、今の世の中はごっそりひっくりかえっちまうだろうな」
「アシュアもいろんなことを知ってるんだね」
セレスは感心したように言った。アシュアは笑ってセレスの頭を軽く殴った。
「も、て何だよ! ま、ほとんどカインの受け売りだけどな。あいつはいろいろ勉強するのが趣味みたいなもんだから、おれの何倍も知識を持ってるぜ」
「ふうん……」
セレスはカインの理知的な目を思い出して納得した。
 ふたりはコリュボスで一番大きなモールに入るとまっすぐに食品の売り場に向かった。セレスにとっては足を踏み入れたことのない場所だ。野菜や肉類の臭いが混ざりあい、フロアは人込みで溢れかえっている。
 すべて家にいても画面を見ながらキイボードを叩くだけで配達をしてもらえるのに、どうしてみんなわざわざこんなところに出向くんだろう、とセレスは不思議でならなかった。
「人間てのは自分の手で買いに行って、モノを手に入れたいって欲求がいつの時代でもあるもんなのさ」
セレスの心の内を察して、にやりと笑いながらアシュアが言った。
 それにしてもアシュアの買うものは種類が多い。肉やミルクの箱くらいは分かっても、なかにはセレスが見たこともないような野菜までカートの中に収まっていた。
「いったい何をつくるつもり」
セレスは青いふさのような葉のついた野菜を持ち上げて呆れたように言った。
「旧時代風煮込み料理とでも言っておくよ」
アシュアはにいっと笑った。
「何日食べ続けても飽きない。なおかつ栄養価が高い、そして太らない」
セレスは肩をすくめた。アシュアにこんな特技があるとは想像もできなかった。
そういえば人なつっこい話し方をするので全然気にしていなかったが、アシュアとは言葉を交わしたのは病院にいたときが初めてだ。
まるでずっと前から一緒にいたような錯角に陥っていた。
アシュアは不思議な人だ。話していると全然人に警戒心を持たせない。
ラインで遠目に見ていたときは愛想の良さそうな感じはあったが、やはり近づきがたかった。
今はそれが嘘のようだ。