11-2 予見

 セレスは三人が病院のエントランスから出てきたところでちょうど出会った。
 ケイナにエアバイクのキイを渡すと、これで自分の仕事が終わったと思い家に戻ろうときびすを返しかけた。その背にアシュアが声をかけた。
「今からケイナのアパートに行くんだ。おまえも来いよ」
「え?」
セレスは戸惑ったような顔を向けた。ケイナの顔を見たが彼の顔からは何の感情も読み取れない。
「おれ…… でも……」
何か用があったような気がしていた。何だっただろう・・・。
「アシュアのバイクの後ろに乗せてもらいな」
しばらくしてケイナはぶっきらぼうにそう言うと、さっさとバイクが停めてある場所に歩き始めた。
「だとよ」
アシュアがにっと笑ってセレスの背を押した。セレスは促されるままにそれに従った。
嬉しくないわけではない。誘ってもらうことをどこかで待っていたかも…… それは偽れない本音だった。
カインはその様子をただ黙って見ていた。 アシュアの提案は一瞬無謀ではないかと思ったのだが、自分の目に何も見えなかったので反対することはやめた。

 ケイナのアパートは中央塔からかなり離れた郊外に建っていて、びっくりするほど時代遅れの古風な外観だった。
 十数階建ての白い壁の小さなアパートをバイクから降りて下から見上げると、窓に花を飾っている部屋がやたらと多いことが見てとれた。
高層の住宅しか見たことのないセレスにとってそれはあまりにも不思議な光景だった。
「あら、帰ってきたの?」
上のほうから声がしたので、四人は顔をそちらに向けた。 三階の部屋の窓から老女が顔を覗かせている。
「連絡してくれれば掃除をしてあげたのに。アシュア、久しぶりね」
「こんちは、シェル」
アシュアは手を振った。老女は嬉しそうに手を振り返した。
「夫がイキのいい魚を持って帰ってきたのよ。ベリーパイも焼くつもりなの。あとで取りに来て」
「すげえ! 今夜は盛大なパーティになるぜ!」
アシュアが叫ぶと、老女は得意げにほほえみ返して部屋の中に引っ込んだ。
「あの人のだんなさん、養殖でもしてるの?」
こじんまりとしたエントランスにみんなで入っていきながらセレスがケイナに尋ねた。
「彼女に夫はいないよ。亡くなったんだろう」
ケイナは答えた。
「え? でも、魚がどうとかって……」
セレスは面喰らった。
「彼女は夢の中に生きてるんだよ」
アシュアが代わりに答えた。セレスは困惑したような顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
 エレベーターの前に立つと、ちょうど誰かが上からおりてきたらしく四人の前でドアが開いた。
出てきたのは真っ黒な長い髪を垂らして鮮やかな手織りのケープをまとった中年の女性だった。少し太り気味の体がエレベーターの入り口を塞いだ。
彼女はケイナの顔を見てびっくりしたような表情をした。
「あら! 久しぶりね! 休暇?」
ケイナは彼女を見て少し笑みを浮かべた。
「ちょっと見ないあいだにまた背が伸びたわねえ。それにまた今回はずいぶんと友だちを連れてきたのね!」
彼女は真っ黒な大きな目を見開いてほかの三人を見回した。そしてセレスの姿を見て大きくうなずいた。
「ああ、それで分かったわ。昨日夢を見たのよ。あんたたちのことだったのね」
セレスは彼女の黒い目にじっと見つめられて居心地が悪くなり、助けを乞うようにケイナの顔を見た。
ケイナはそれを無視してジェニファに言った。
「ジェニファ、あんたの夢は健在だね」
「当たり前よ。まだまだ現役だわ。また意識して見ておいてあげる。休暇はいつまで?」
「五日後には戻るんだ」
「あら、今回は短いのね、分かったわ。何か見えたら知らせに行くわね」
女はそう言ってにっこり笑うとアパートから出て行った。
「ずいぶんとここの人たちと仲がいいんだね。みんながケイナのことを知ってるみたい。 おれんちじゃ、会っても誰も何も言わないよ」
ジェニファの大きな体を見送りながら、セレスは言った。
「おれがノマドと暮らしていたからだろ」
ケイナはためらいがちに答えた。
「ノマド? あの人はノマドなの?」
「今は違うよ。」
ケイナは答えた。それ以上説明をするのは面倒臭そうな表情だった。
「このアパートはいろんな理由でノマドの群れからは外れた人間が多いんだよ。入居に面倒な手続きがいらないアパートだし…… ミセス・シェルは昔群れの中で菓子づくりの名人で、ジェニファは夢見占いの役についていたらしい」
ケイナの代わりにカインが答えた。
「ああ、それでさっきベリーパイがどうとかって……」
セレスはつぶやいた。そしてケイナを見た。
「ノマドで育ったことをあの人たちに言ったの?」
「言わねえよ」
ケイナは苦笑した。
「言わなくても分かるみたいだ。さっきのジェニファは初めておれの顔を見るなりそれと言い当てた」
「ふうん……」
セレスはジェニファの相手を見透かすような真っ黒な少し魚を思わせるような大きな目を思い出して何となく納得いくような気がした。
「だけど、どこまで信じていいんだか。おれとカインの顔見てもノマドだなんて言ってたからな」
アシュアが肩をすくめて言った。
「ぼくらもいろんな意味で一般の地球人からは外れた『異端』なんだろ」
カインは答えた。セレスがカインの顔を見たので、カインはかすかにセレスに笑みを返した。
そうだ、カインはアライドとの混血だと言っていたっけ…… セレスは思い出した。
ノマドは言うなれば地球の中の異民族だ。普通の地球人の生活からは外れている。
「アシュアもハーフなの?」
エレベーターのドアが開いたので、先に立って歩き出すケイナのあとに続きながらセレスはアシュアに尋ねた。
「おれは純血地球人」
アシュアは肩をすくめた。
「どうせ、おれは変わり者だろうさ」
「ジェニファの言うことは当たるよ」
ケイナはひとつのドアの前に立ち止まって振り向かずに言った。
「彼女は二年前におれに左手に気をつけろと言った」
ほかの三人がぎょっとしたような顔で立ち止まった。ケイナはドアロックを外すとちらりと振り向いた。
「そんときはおれだって聞き流してた」
そう言って彼は部屋の中に入った。
「言われたのは左手のことだけか?」
アシュアがかすかに怖れを含んだ声で尋ねた。 案外彼は呪術や占いというものが苦手なのかもしれない。
「おれの左手がもやに包まれて見えないんだって、それだけ言ってたな」
ケイナはぶっきらぼうに答えた。
そのときカインの表情がかすかにゆがめられたのをセレスは見逃さなかった。彼もそのとき何か見えていたのではないか……
そう思ったが、聞くのは怖いような気がしてやめた。