10-6 暴走

 セレスは久しぶりに心地よい眠りをむさぼっていたが、ふと気配を感じてはっとして顔をあげた。
そしてケイナが目を開けて天井を見つめているのを見て一気に目が覚めた。
「ケイナ! 分かる? おれのこと分かる?」
セレスはケイナの顔に被いかぶさるようにして尋ねた。しかしケイナは天井を見つめたままだ。
「ケイナ!」
ケイナはゆっくりとまばたきをした。
「ケイナ!」
「うるせえ……」
ケイナはゆっくりとセレスに目を向けた。
「みみもとで…… 怒鳴るな……」
それを聞いてセレスは安堵した。
「ここは……」
ケイナは額をこすろうとして手をあげかけたが、思うように動かないらしく顔をしかめた。
「病院だよ」
セレスは答えた。
「ケガしたんだ。でも、休暇が終わるまでには治るよ」
聞こえているのかいないのか、ケイナはぼんやりと宙を見つめた。まだ意識がはっきりとしていないのかもしれない。
「あの子は……?」
「あの女の子のこと?」
セレスは尋ねた。ケイナは黙っていた。
「大丈夫だよ。今頃お父さんの待つ地球に戻ってるよ。これ、その子がケイナに渡してくれってさ」
セレスはケイナの手に人形を握らせた。ケイナは苦労してそれを自分の顔まで持ち上げた。その目にかすかに安堵の光が宿った。そして彼はセレスに目を向けた。
「あいつは?」
セレスは一瞬ためらった。ケイナはどこまでのことを覚えているんだろう。
「あの男なら…… 捕まったよ。薬をやってたらしいから、治療をしてから取り調べだって兄さんが言ってた。違法シールドのコートの出どころや改造銃のでどころは手がかりがないから長引きそうなんだ」
ケイナはそれを聞いて長いため息をついた。
「殺してなかったのか……」
「誰が殺すんだよ。あの男は捕まって、ちゃんと裁判にかけられるんだ」
セレスは注意深く言った。ケイナは黙っていたが、しばらくしてぽつりとつぶやいた。
「思い出せって……」
セレスは怪訝な顔でケイナを見た。
「おまえ…… おれにそう言ってたよな……」
「おれの声、届いてたんだ」
セレスは驚きと嬉しさを感じて言った。
「途中からあんまり…… 覚えていない…… でも、おまえの声がどこかで聞こえたように思う……」
ケイナは記憶を辿るように視線を宙に泳がせた。
「おれは、銃を持ってた。それをアシュアに向けて……」
「ケイナ」
セレスは必死になって考えを巡らせた。下手なことを言うとまたケイナの感情を高ぶらせてしまうかもしれない。吹き飛ばされた耳と一緒に今は抑制装置も壊れてしまっているのだ。
「あんたはアシュアを撃ってないよ。あんたはあの男に銃口を突き付けられて身動きとれなかったんだ。だけど、信じられないような動きであの男から銃を取り上げたよ。それだけだよ」
セレスは言葉を選びながら言った。
「あいつは撃たれてないよ。アシュアも撃たれてない」
ケイナはぎごちない様子で人形をじっと見つめていた。
「ケイナ、あんたの耳にもう赤い点はついてないんだ。 赤い点はあの女の子をかばった時に吹き飛ばされた。でも、あんたは正気に戻った。あんなピアスで封印しなくっても、あんたは自分で自分の感情をコントロールできるよ」
ケイナはまだ銃の感触の残る左手を見た。
「封印……」
ケイナの目が見開かれた。そしていきなりがばっと飛び起きた。
さすがに急激な血圧の変化に堪えきれず、再びベッドの上に崩れ折れてしまう。
「いきなり起きちゃだめだよ!」
セレスは仰天した。ケイナの目は大きく見開かれていた。体をくの字に折り、小刻みに震えている。
「ケイナ……!」
セレスはまた自分が失敗したことを悟った。ケイナを興奮させることを何か言ってしまったのだ。
「ナイフ……」
ケイナは呻いた。
「え……?」
セレスはケイナを仰視した。
「よくもおれの利き腕を・・・」
セレスはぎょっとした。二年前のあの事件のこと?
どうして今そんなことを思い出すんだ?
ケイナの顔は苦し気に歪み、震える手がシーツをぎゅっと握り締めた。きっと彼の目の前にはそのときの光景が浮かんでいるのだろう。
セレスははらはらして彼を見守った。このまままた感情が高ぶり過ぎて大変なことになったらどうすればいいんだ……
「倉庫の床が真っ赤で…… おれはいったい何をした……? おれの左手はぼろぎれみたいに指がてんでばらばらのほうを向いてて…… あそこに落ちているあのかたまりはいったいなんなんだ……?」
「ケイナ、もうやめろよ」
セレスはいたたまれなくなってケイナの肩を掴んだ。
「もう終わったんだよ。二年前のことなんか、忘れろよ……!」
「封印しよう……」
「封印なんてもういらないんだよ!」
セレスは無我夢中で言った。
「言ったろ! あんたはもう自分で自分をコントロールできるんだ! おれやカインやアシュアがいつもそばにいるよ! おれたちを信じてよ! ひとりで自分を追い詰めるなよ!」
必死で言った。早くケイナを元に戻さないと。
「ケイナ、頼むよ、頼むからおれの声、聞いて!」
ケイナははっと我に返ったような顔でセレスを見た。セレスはそのケイナの顔を覗き込んだ。
「あんた、耳の赤いあの点が取れたら前後不覚に暴れるんじゃないかなんて言ってたよね。でも、大丈夫だろ? 今の傷も治るよ。あんたはもう呪わしい思いに捕らわれないよ」
ケイナはまだ震えていた。
「おれね、地球では緑色の目と髪を持つことで目立っちゃったんだ。こっちに来てからはバスケットの試合で、シュートを決め過ぎるって嫌われたんだ」
セレスは自分で何を話そうとしているのか分からないまましゃべり続けた。話してケイナの意識をこちらに向けておかなければと必死だった。
「でも、どうしようもないんだよ。おれの髪って何だか知らないけどうまく染まらないし、目の色を手術で変えるのって厭だったし…… なんとかしろって言われて、はいそうですかって無理なんだ。バスケでボールなんて、どうやって『取らない』ようにすればいいのかわかんないよ。自分で意識ないんだもん、どうしようもないよ……」
ケイナはまじまじとセレスの顔を見つめた。セレスはちょっと照れくさそうに頭を掻いた。
「ケイナもきっといろんなこと、人と違うって言われ続けてたんじゃないかと思うんだけど…… ケイナの辛い思いにくらべれば、おれのなんてどうってことないけど、おれ、ケイナみたいになりたいって、ずっと思ってたんだ。きっと初めて会った時からずっと…… あんたはいつも堂々としてた。自分が人とは違うってこと、おれ、やっぱり心のどこかで引け目に思ってたのかもしれない。だから、あんたに近づきたいと思ったんだ」
「じゃあ、失望しただろ。おれはそんなに強い人間じゃない」
ケイナは目を背けた。
「そうだね」
セレスは言った。目を背けはしたが、ケイナの震えがおさまっていることをセレスは見てとった。
「失望したよ。やっぱりケイナはおれが守ってやんなくちゃって思ったもんな」
ケイナは思わずセレスの顔を見た。セレスは笑ってみせた。
「おまえは…… 変わってる」
「ケイナもね」
セレスは笑いながら答えた。
「ねえ、ケイナ」
顔を傾けてケイナに近づけた。
「おれ、今のこの状況がほんとは信じられない。あんたは今こんなにおれのそばにいるよね。ちょっと前までは話すらもできなかったのに。あんたは笑うかもしれないけれど、おれ、あんたを守りたい。それはケイナが弱い人じゃないからだ。あんたは強い人だよ。とても強いよ。おれはそんなケイナが好きだから守るんだ。今、それに気がついたよ」
「声を……」
ケイナは白いシーツを見つめてつぶやいた。
「おまえの声だけは聞こえたんだ。なんでなんだろう…… おまえはあのひとことで、おれを二年前の時間からも現実に呼び戻したんだな……」
「切れそうになったら、また呼ぶよ」
セレスは笑った。ケイナは苦笑した。もう大丈夫だとセレスは思った。
「アシュアに連絡してくる。それからドクターにも。あんたをこんなに興奮させて、ちょっと叱られるかもしれないけど」
セレスは笑って立ち上がると病室を出て行った。
「声を…… 聞いて……」
その姿を見送って、ケイナはつぶやいた