10-3 暴走

 ハルドとリーフが戻って来たのはそれから20分後だった。
2人に連れられてフロアを横切り、部外者が立ち入り禁止になっているエレベーターに入り、4人は二十階まであがった。
「ぼくはここで失礼します。ゆっくり見学していってください」
リーフは笑みを浮かべ、分厚い扉の向こうにセレスとケイナを促した。
「父はなんて?」
ケイナはリーフの横をすり抜けるとき彼に尋ねた。リーフは肩をすくめた。
「めずらしいこともあるもんだ、と」
ケイナは少しほっと息を吐いた。
「大丈夫ですよ。司令官はむしろあなたが外に出てくれたことを喜んでおられるようでした。クレイ指揮官に一任しておられます」
ケイナはうなずいて先に部屋に入っていったふたりのあとを追った。リーフは黙ってその後ろ姿を見送った。
 広い部屋の中にコンピューターの画面とエアポートの様子を映すモニターがところせましと並んでいる。
目の前の壁には大きなスクリーンがあって、ちかちかと無数の点が点滅していた。
「エアポートに出入りする人間はすべてここで掌握されるんだよ」
ハルドは言った。セレスはこぼれ落ちそうな目をさらに大きく見開いて 呆然と部屋の中を見回していた。
「半分はエアポート指令室、半分は軍の警備管轄だ。ここで異状が発見されたら、すぐに十階の警備本部に伝わるようになってる」
ハルドはふたりを機械の間を縫うように案内し、ひとつひとつのデータの説明をしていった。
「ラインのコンピューター室なんか比べ物にならないや……」
セレスはつぶやいた。
「当たり前だよ。ここはエアポートの第二の頭脳だぞ」
ハルドは苦笑いした。
「あそこのモニターはエアポート内のすべての様子が映像とデータで把握されるようになってる」
ハルドが指差したのでケイナとセレスは指さされた方向に顔を向けた。無数のモニターが壁面一面に並んでいる。モニターに映るひとりひとりに数字がまとわりついたり消えたりしているのはきっと違法な武器や所持品がないかどうかをチェックしているのだろう。
圧倒されたように目を輝かせているセレスと裏腹にケイナは何か厭な予感がしていた。ここに入ったときから妙に神経がざわつく。
「こっちに来てみるといい。もう少し詳しくデータが見られるから」
ハルドが言ったので、ふたりはモニターに背を向けた。 そのとき、ケイナは自分の目の端に映ったものにひっかかった。彼は再びモニターに顔を向けた。
いったいどのモニターにひっかかったんだろう・・・。
「どうした?」
ハルドがケイナの表情に気づいて近づいた。
「なにか見えた……」
ケイナはつぶやいた。
「見えた?」
ハルドは目を細めた。近くのオペレーターに目を向けると、オペレーターは異状はないというように首を振ってみせた。
(どのモニターだ……)
ケイナは焦りを感じた。
異様な警戒の思いに囚われた。なぜ、こんな気持ちになるのだろう。
「どうしたの、ケイナ」
セレスがケイナの顔を見た。
「何かが見えたんだ……」
ケイナはつぶやいた。セレスはケイナの視線の先を追ったが、 彼が何を探しているのか分からなかった。ハルドもケイナの視線を追ったが分からない。
「あれだ」
「どこのモニターだ」
確信に満ちたケイナの声にハルドが尋ねる。
「左から二番目、上から六番目のやつ ……B08」
ケイナは答えたモニターの中央にはひとりの中年の男が周囲の群集とともに映っていた。長い黒っぽいコートを着ている。
ハルドに合図されたオペレーターはすばやくキイをたたいたが、何も異状は発見できないようだった。
「ケイナ、コンピューターは何もとらえていない。気のせいだろう」
「コンピューターでとらえられないものもある」
ケイナは険しい口調で言った。
「あの男の視線はおかしい」
「マード・クレーターです」
ケイナの言葉にオペレーターが答えた。
「地球籍ウエストBA110、前科歴なし。病歴なし。金属探知異状なし」
「ケイナ、ここで察知できる危険は99%だ。残りの1%の確率も人工知能が常に情報をアップデートしている。潜り抜けるのは無理だよ」
しかしケイナは譲らなかった。
「あのコートだ」
ケイナは鋭い目でハルドを見た。
「あのコートはシールドだ。あいつは懐に銃を持ってる。違法改造した銃だ」
「まさか」
ハルドは目を細めた。とても信じられなかった。
最先端のコンピューターが感知できないものを、どうして生身の人間のケイナが画面を見ただけで見抜けるというんだ。
セレスは身体中の皮膚がぴりぴりとしてくるのを感じた。まるでケイナの緊張が伝染したようだ。
ケイナの顔が急に青ざめた。コートの男の行く先に、さっき言葉を交わした少女の姿が見えたのだ。
彼は身を翻すとドアに突進した。
「ケイナ……!」
セレスはあわてて彼のあとを追った。
「本部、ナンバー3、緊急体制! 362ブロックに指令を出せ!」
ハルドはオペレーターに怒鳴った。
「しかし…… コンピューターは何も……」
オペレーターが困惑した表情でハルドを見た。
「いいからやれ!」
ハルドは一喝すると、ふたりのあとを追った。途中でリーフに会うと、リーフは分かっているというように手をあげてみせた。 飲み込みの早いリーフの存在は有り難かった。
ケイナの顔にはただならぬ気配があった。どうしてだか分からないが、彼はコンピューターが捕らえられない危険を察知したのだ。それは決して思い過ごしなんかではないとハルドは確信した。
 ケイナはエレベーターに身を滑り込ませ、追ってきたセレスが乗り込む前にドアを閉めていた。自分が何の武器も持ち合わせていないことにはまだ気づかなかった。
そしてエレベーターのドアが開き切る前に外に飛び出した。
モニターで見た場所がどこなのか見当もつかなかったが、自分の直感が信じる方向に向かって走り始めた。
そしてその男を見つけた。男はゆっくりとコートの下から黒い銃を抜き出すところだった。
銃身がびっくりするくらい長く大きい。
「伏せろ!」
ケイナが大声で叫ぶのと、銃が爆音を立てたのとが同時だった。悲鳴とともに、群集がパニックに陥った。
「動かないで伏せろ!」
ケイナは叫んだが、喧騒にかき消された。
あいつは逃げまどう人間を標的にする。人が恐怖に陥るのを見てエクスタシーを感じている。
ケイナは自分にぶつかって逃げまどう群集の中で言い様のない憤りを感じた。
「ママ!」
視線の先に泣き叫ぶあの少女の姿があった。ケイナは彼女に突進した。
彼女と男とは十数メートルしか離れていない。かっこうの標的だった。
「撃つな!」
ケイナは男の銃口が彼女を狙うのを見て声を限りに怒鳴った。
「撃つな!」
「お兄ちゃん!」
少女をかき抱こうとした時、ケイナは銃が爆音をあげるのを聞いた。
「ミリ!」
女性の金切り声が響いた。
ケイナは少女の体を必死の思いで抱き締め、うずくまった自分の右の耳もとを風が通り過ぎたような気がした。