10-2 暴走

 エアポートに向かう間、セレスは小さな子供のように目を輝かせていた。
エアポートの管制室とセキュリティ室はケイナ自身も入るのは初めてだ。幾重にもチェックがあって、よほどのことがなければ足を踏み入れることなどできっこない。
 しかし豪語したものの本当は秘書のリーフの協力がなければ実現しなかったということをハルドは内緒にしていた。
リーフはどういう手段を使ったのかは分からないが、カート司令官の許可証を入手したのだ。
もっとも、リーフとて司令官の息子が見学に行くなどとは今でも思っていないはずだ。
 エアポートのロビーにつくと、リーフは満面の笑みを浮かべて三人を出迎えた。
「久しぶりだね、セレス。大きくなったなあ」
リーフは嬉しそうにセレスと握手をした。
リーフとはハルドと通信するときに何度か顔を合わせている。セレスはこの誠実そうな青年が兄のそばにいてくれることにどれほど安心感を持ったかしれない。
「初めまして。ケイナ」
リーフは笑みを浮かべてケイナにも握手を求めた。
自己紹介されなくてもリーフがケイナのことを知らないはずはなかった。
だが、いきなり来た彼を見ても慌てたような素振りは見せないのが彼のいいところだ。
「今日はご一緒に?」
リーフの言葉にハルドは肩をすくめた。
「悪いね」
リーフは笑った。
「ええ、でもその前に休暇中申し訳ないんですが呼び出しがかかってます。 30分ほど仕事してもらえませんか」
リーフの言葉にハルドはため息をついた。しかたなくセレスを振り向いた。
「そのへんんで待っていてくれるか?」
「いいよ、兄さん」
セレスはうなずいた。それを見てリーフはそそくさとハルドの腕をひっぱり、足早にふたりから離れた。
「入室許可証、適当に通しますから手伝ってください」
リーフは咎めるような声でハルドに言った。
「なんでアパートから連絡してくれなかったんです? カート司令官の息子さんが同行するって」
「どこから連絡したってどうせやることは同じだろ」
ハルドは笑って答えた。
「司令官の息子ですよ。何かあったらどうするつもりです?」
「何もあるわけないだろう。警備室で事件が起こったらそっちのほうが問題だ。それに彼は今はセレスの友人だよ」
リーフは口をつぐんで少し考えたのち再び口を開いた。
「適当にするのは撤回します。カート司令官に連絡とりますから。30分以上はかかると思いますよ」
「うん。頼むよ」
「頼むじゃないでしょ。あなたが直接連絡するんですよ!」
「あ、そうか。そうだな、そのほうが早いし確実か」
リーフは呆れ返ってハルドを見た。この人は時々こういう間の抜けたことをする。
先に立って歩くハルドを見ながらリーフは首を降った。
まあ、だから出世するのかもしれないけれど……

 ハルドとリーフが歩いていくのを見送って、セレスは周囲を見回した。
ちょうど船の離発着があるのかロビーはたくさんの人でごったがえしていた。
ふたりは大きな柱にもたれてぼんやりと行き交う人波を眺めていたが、セレスはふと通って行く人の目がやたらと自分たちに向けられていることに気づいた。
ケイナの容貌が目立ち過ぎるのだ。
そっとケイナの顔を盗み見ると、彼はまるで頓着せずあくびをかみ殺していた。
「食事はおいくら?」
いきなり背後で声がして、ふたりはびっくりして振り向いた。髪を高く結った年配の裕福そうな女性がふたりを見上げていた。
「食事だけでいいのよ。おいくらかしら」
再び女性が言った。セレスの顔にかっと血が昇った。
「あっち行けよ」
セレスは言った。女性は目をぱちくりとさせた。
「あっち行けってんだよ! こんな朝っぱらからなに寝ぼけてんだよ!」
セレスは怒鳴った。周囲にいた人々がびっくりして立ち止まった。
女性はなにがなんだか訳が分からないといった表情で立ち尽くしていたが、やがてぶつぶつと文句を言いながら行ってしまった。
「失礼ね。まぎらわしくピアスなんかしてるんじゃないわよ」
女性がつぶやくのが聞こえた。
「失礼なのはそっちだろ!」
セレスは歯を剥き出して怒鳴った。
「ケイナ、なんでいつもみたいに怒鳴ってやらないんだよ」
セレスは鼻息を荒くして、黙ったままのケイナに言った。
「あんなのしょっちゅうだよ。片耳のピアスは一部ではサインらしい」
こともなげに答えるケイナにセレスははっとした。
「もしかして…… 外には出たくなかった?」
ケイナはそれを聞いて笑みを浮かべた。
「だからしょっちゅうだって言ってるだろ。装置つけてるからって一生外に出ないわけにはいかないんだから」
「おれ、なんか飲むもん買って来る」
セレスはふいに顔を背けるとケイナの返事を待たずに駆け出した。
ケイナは黙ってその後ろ姿を見送った。
おれと一緒にいると、こういう厭なことをいっぱい知るようになるんだろうな。
ケイナは思った。
うっとうしい赤い色の抑制装置。目立つ容姿。普通にやってるつもりでも人目を惹いてしまう行動。
うっとうしい。本当に不快だ。全部なくなってしまえばいいのに。
ふと足元に気配を感じてケイナは顔を向けた。
「お兄ちゃん……」
五、六歳くらいの少女が困ったような顔で見上げていた。
「これ、とって……」
長い栗色の髪が小さなショルダーバックの金具にからみついている。からまったほうに頭を傾けて泣き出しそうな顔をしていた。
「バックを外そうとしたらひっかかったの。どんどん取れなくなるの」
ケイナは身をかがめた。金具と金具のつなぎ目に髪がからまっている。少女の髪をひっぱらないように気をつけながらケイナは髪を外してやった。
「ありがとう」
少女は嬉しそうに笑った。そしてケイナの顔をまじまじと見つめた。
「お兄ちゃんはわたしの持ってるお人形さんみたい」
ケイナは少し笑みを浮かべた。どうリアクションすればいいのか分からなかった。
「アミイはとっても可愛いのよ。いっぱい洋服も持ってるのよ。ママのバックに入ってるの。わたしお土産を買ってもらったのよ。アミイのイブニングドレスよ。ここに小さなお花がいっぱいついてるの」
少女は自分の胸元をさしながら言った。
「うん……」
ケイナは戸惑いながら少女を見つめた。
「アミイはね、お兄ちゃんみたいに青い目と金色の髪なの。わたしも本当は金色の髪だったらいいなって思うの。でも、パパとママもわたしとおんなじ髪なの。だから金色にはなれないって。おとなになったら染めてもいいってママは言ったの」
「ねえ……」
ケイナは周囲を気にしながら言った。
「もうママのところに行ったほうがいいんじゃないの」
「ママいないの」
少女はあっけらかんと答えた。
「え?」
ケイナは呆然とした。
「ママがね、まいごになったら、まいごセンターに行きなさいって言ったの。お兄ちゃんまいごセンターってどこ?」
困惑してあたりを見回したが、普段縁のないそんな場所は知らなかった。
「まいごセンターが分からなかったらね、ジッとしてなさいって言われてるの。だからお兄ちゃん一緒にいてくれる?」
ケイナはおかしくなって笑い出した。柱の下に腰をおろすと少女もその隣にちょこんと座った。
「おれと一緒にいるとママはすぐに君を見つけると思うよ」
ケイナは言った。少女は不思議そうな顔をしたが、ケイナはその顔を見て笑っただけだった。
 しばらくして戻ってきたセレスは ケイナが立っているはずの場所に小さな女の子がいるのでびっくりした。
もっとびっくりしたのはケイナがその子と楽しそうに笑いあっていることだった。
ほどなくして、ひとりの女性がふたりに近づいてきた。女性を見るなり少女は抱きついていった。きっと女の子の母親なのだろう。女性はケイナに何度もお礼を言っているようだった。
少女は別れ際にケイナに顔をこちらに寄せるように手招きした。ケイナが顔を寄せると少女はその頬にキスをした。
びっくりしているケイナをあとにふたりは去って行った。
「女の子にモテるね」
セレスはにやにや笑いながらケイナに近づいて冷やかした。ケイナはじろりとセレスを睨んだ。
「酸っぱいベリージュースしかなかった。これでもいい?」
セレスは買ってきた飲み物をケイナに渡した。カップを受け取るとき、ケイナはふと目の端に映ったものに気づいて顔をあげた。
「どうしたの?」
セレスは怪訝な顔をしてケイナを見た。
「いや…… なんでも」
黒いものが視界の隅に入ったような気がした。
それが少し気になったが、何も見当たらなかった。