07-2 任務

 トウの命令でカインとアシュアが『ライン』にいることなどもちろんケイナには知らされていないし、『ライン』の中でも知っているのは所長と数人の幹部だった。
だが勘のいいケイナが何も気づかないはずもないし、理由も分からず妙に近づいて来る輩をケイナでなくったって誰でも警戒する。
ケイナはいつもふたりが近づくと険しい目を向けた。
嫌がらせの対象になっているケイナに近づくということは自分もその対象になる可能性があるということだし、ただでさえ厳しい『ライン』の生活で、自分のこと以上に厄介ごとをしょいこもうとする物好きはいない。
自分たちはその「物好き」ということになるのかもしれないが、そんなこと以上にカインとアシュアが「普通の訓練生」ではないことくらいケイナは容易に感じ取っていただろう。

 ふたりは『ライン』とは全く違うルートで、もっと早い年齢から訓練を受けてきた。
 12歳の時、カインはトウから『ビート・プロジェクト』のことを聞いた。
政府で極秘に組織する精鋭部隊だという。
ある基準に則る人間を極秘にセレクトし、軍組織の最高峰を組織するもので、その目的がどういったものなのかは全く知らされなかった。カインはただ、その『ビート・メンバー』になるためにこれから特殊な訓練を受けなければならない、と言われただけだった。
 トウはカインの叔母で、養母だ。本当の両親は自分がまだ赤ん坊の頃に死んだ。
カインは実の両親の記憶は全くないし、当たり前のようにトウがトップに立つ『リィ・カンパニー』の跡取り息子として育ってきた。
会社のことは全く関与していなかったが、プロジェクトの経済的支援をしているのはカンパニーであるということは察していた。
カンパニーの跡取り息子を軍の中に入れるのは何らかの思惑を感じずにはいられなかったし、自分が軍人向きだとはとても思えなかったが、養母に逆らう理由は見つけられなかった。
 若くして巨大な企業のトップに立ったトウ・リィは真っ黒な髪にしみひとつない真っ白な肌の美しく聡明な女性だったが、カインは成長するにつれこの養母を敬遠するようになる。
カインの実の父親は『予見』の力を持つアライドという星の出身だったと聞いた。
たぶん、それが関係しているのかもしれない。
養母の周りにいつも不穏な霧を見る。それがとてつもなく嫌な気分だったのだ。
 ともあれ『ビート』の訓練は厳しい『ライン』よりもさらに苛酷だったが、苦手な養母と離れることができたのはカインにとってはむしろ歓迎すべきことだったといえる。
 カインは主にコンピューターを駆使する技術を覚え、射撃、飛行艇の操縦、サバイバル訓練、護身と攻撃の術…ありとあらゆる技術を厳しく叩き込まれた。
 アシュアは射撃の名手で、それ以外に接近戦の訓練と薬学、心理学を習得していた。
 カインは13歳、アシュアは16歳、初めて出会った時、カインは最初アシュアの燃えるような赤い色の髪に興味を覚えた。東洋系で周囲に黒髪の人間が多かったカインにはアシュアの髪の色や彼の顔立ちは今まで会ったことがない部類の人間だった。
彼の気の遠くなるような祖先は地球の大陸で大地を崇め、呪術を信じ、狩りと農耕で生計をたてていたらしい。
もちろんアシュアが祖先と同じ生活を経験してきたわけではないが、彼を取り巻く空気は一種独特だったし、彼の焼けた肌と燃えるような赤い髪、尖った鼻はそのことを後世に残している唯一の証拠だった。
「おれも図書館で調べただけだから実感ねえけど」
笑うアシュアの顔はいつも陽気で明るい。
彼の存在がどれほどカインの助けになってきたかしれない。
彼の屈託のない性格や、対等に接してくれる態度はともするとマイナス思考に走りがちなカインを光の当たる場所に連れ戻してくれることが多かった。何よりケイナのガードを言い渡されてからはアシュアなしではきっと彼の心を開かせるのは難しかったかもしれない。

 アシュアはケイナの気持ちを掴んでこちらに向かせるのがうまかった。
それが彼の『ビート』としての天性の部分だったのかもしれないが、ケイナはアシュアになら返事をかえすことが少しずつ増えていったのだ。
それが彼の『ビート』としての天性の部分だったのかもしれないが、ケイナはアシュアになら返事をかえすことが少しずつ増えていったのだ。
最初は何気ない「よう、元気か?」ぐらいのことだった。
ときにアシュアは大きな手でケイナの後頭部をすれ違いざまにぽん!と叩き、「そんなシケたツラしてんじゃねえぞ!」と言ってカラカラ笑った。
いつもすっぱり切れそうなナイフのようなオーラをほとばしらせているケイナにそんなことができるのはおそらくアシュアしかいない。

 やがて一年の時間をかけて、ふたりはやっとケイナに「たまには」返事を返してもらえる、という関係を築き上げていた。
とはいえ、カインはいまだにケイナにはまともに話をしてもらえない。
それでも彼は冷たい表情でもわずかに笑みを見せることもあった。
少し安心した。
その油断が出たのかもしれない。
わずかな隙が忘れられない事件を起こした。