07-1 任務

 トウに渡されたディスクにはケイナについてろくな情報が入っていなかった。
ケイナ・カート、17歳。
人工衛星『コリュボス』の軍管轄警備司令官のレジー・カートの次男。
金色の髪に藍色の瞳。身長はさほど高いほうではない。細みでひょろりと背の高いカインや、がっしりした体格のアシュアに比べれば小柄とさえ思える。
 彼は幼いときにカート家の養子になっているから、司令官と血の繋がりはない。
レジー・カートにはユージー・カートという実の息子がいて、彼はケイナより2歳年上で同じ『ライン』に入っている。
ケイナが普通と違うのは運動神経が人より並外れて優れていることと、平均以上に知能指数が高いこと、何よりも病気遺伝子を一切持っていないことだった。
申し分ない容姿に恵まれた才能、健全な遺伝子。
だから、彼は『ライン』を卒業したら遺伝子検査を定期的に受ける。それまで一切彼に傷をつけるな、という命令だった。
 彼の映像を見たときの衝撃さえなければ、たかがひとりの少年が『ライン』を無事終えるまでガードするなどたいしたことはないと思えた。
「ま、所詮4年間くらいのことだ。すぐに終わるさ。子供のお遊びみたいな『ライン』の生活が退屈なくらいのもんだよ」
アシュアは笑ったし、カインもそれには同意した。
壊れやすいガラス細工でもあるまい。多少人とは違っていても普通の少年が誰もが過ごす普通の生活をして、転んですりむく程度の怪我はあるにせよ、再起不能な大怪我や命の危険があるようなことが起こる確率がいったい何パーセントだというのだ。
 しかし、彼のそばに来てふたりは面食らった。
渡されたデータには彼が苛めの標的になっていることなど何も記されていなかった。
びっくりするほど敵だらけだ。
目立つ容姿なのでちょっかいをかけられることも多ければ、意味もなくからんでくる奴も多かった。
察するに『どうも虫が好かない奴』という類いにケイナはひっかかるようなのだが、トレーニング中に組んだ相手に故意に怪我をさせられる、講議のテキストを破られる、そんなものはまだかわいいもので、ケイナと目が合っただけで何かと理由をつけてはケンカをふっかける輩もいてとにかく目が離せない。こういうことをちゃんとデータに入れとけよ、とカインは何度も心の中で毒づいた。
 多くは兄のユージー・カートの傍にいる奴だったから、当然のようにユージーがけしかけているのだという噂がたった。
だがふたりはユージーが実際にケイナに手を出したところは目にしていないし、疎んじたりするようなことを言ったという事実も得られなかった。
 ユージー・カートはケイナに比べて目立つタイプではないが、彼も『ライン』の中では上位に入る優秀な訓練生だ。
真っ黒な髪に黒い瞳、体つきはほっそりとしているが引き締まった口元は理性と知性を感じさせる。
父親のレジー・カートは陽気な顔立ちだったから、ユージーは母親似なのだろう。
カインが調べた限りおよそ感情に支配されるようなタイプにはとても思えなかった。
むしろ人より遙かに冷静で客観的に物事を判断する性格かもしれない。
それにわざわざエリートコースの『ライン』に入って、たかが喧嘩ごときで反省質送りになったり、レジー・カートの息子にちょっかいをかけて除名処分になることが割に合わないことくらい誰だってわかる。
もちろんそれがカート司令官の実子の命令でやったことなら担保はあるわけだが、そもそも媚びでケイナに嫌がらせをするにしてもユージーが受け入れるとは思えない。
根本的に理解不能な状態だった。
「それにケイナにゃ直接的にも精神的にも圧力かかんねえだろ?」
アシュアは首を傾げる。
確かにそうだ。
講義のテキストを破られるなどという子供じみたいな悪戯は補充をすれば済むことだし、鬱陶しく思いこそすれケイナは相手にしない。
暴力でかかられてもケイナは負けないだろう。よほど腕っぷしが強い相手でなければ複数人を相手にしてもよほどでなければ相手はケイナに与えた分くらいのダメージは返されてしまうはずだ。故意の事故も研ぎ荒まれた感覚が最小限に回避する。多少の生傷が絶えなくてもケイナにはぺろりと舐めて放っておくような擦り傷程度の感覚だったようだ。
そもそもケイナ自身はほとんどの場合殴られても殴り返さない。口の端が切れたり青あざができた程度では痛みすら感じなかったように黙ってやり過ごす。
ケイナ自身の興味は『ライン』でのカリキュラムを確実にこなしていくことのみで、それ以外は関わることすらが面倒だったようだ。
だがタイミングが悪い時にちょっかいをかけられると同じようにはならなかった。
集中力がすさまじいケイナは気持ちの切り替えもスムーズにはできない。
射撃の訓練の直後にケンカをふっかけられようものなら訓練の時の緊張感そのままで相手にかかっていってしまうのでカインとアシュアは慌ててケイナを止めに入った。
その度を越している危うさの部分はふたりがもっとも緊張を強いられる部分でもあった。
大きな事件にでもなったりしたらトウに睨まれるだけではなくレジー・カートの怒りもかいそうだ。
結局ふたりは自分たちの任務はそこなのか、と考えたりする。
ケイナ自身がふたりのことをどう思っているのかはよくわからなかったが。