06-4 確執

「勝手なことを言ってくれるよ……」
カインは呆れ返ったようにつぶやいて自室のベッドの端に仏頂面で座り込んだ。
「こっちの気も知らないで。ケイナはぼくらに気をつけろとあの子に?」
「セレスってやつがおれたちだってことはわかってないだろうけど、ケイナがおれたちのことを気づいていることくらいはとっくの昔におまえもわかってただろ?」
アシュアは肩をすくめて言った。強烈に縮れた赤毛を後頭部でひとつにまとめているが、その赤さは部屋の中でも燃えるようだ。
セレス・クレイを初めて実際に見た時、カインは全身が総毛立つような気がした。
彼のことは見学会のあとすぐに調べた。写真を見る限りではとりたてて何の特徴もない少年に思えた。
あの深い緑色の髪と目を除けば。
まるで深緑の森のようなの髪と目を見たとき見学会でケイナを取り巻いた緑色の霧はこいつだ、と確信した。
しかし、異星人との混血でもなく色素異常でもなく遺伝子に損傷もなく、あえて言うならばそれが今の時代では希有なくらいで、あとは知能指数も普通、 運動神経が人並み外れているくらいのもので、これがどうしてケイナを惹きつけたのか分からなかった。
ケイナが異常なくらい彼に興味を示していることはカインとアシュアには分かり過ぎるほど分かった。
彼がそもそも必要以外に自分から他人に話しかけることなどこれまで皆無だったからだ。
「トウには・・・どうする」
アシュアが聞くと、カインは大きく息を吐いた。
「彼と同じ部屋になっただけで精神状態が安定レベルを維持してるんだ。うまくいけば暴走するようなこともなくなるかもしれない」
カインはメガネをとって目をこすった。
「トウの目をごまかせるかな。」
アシュアの言葉にカインは息を吐いて両手に顔をうずめた。アシュアは目を細めた。
「さあな。でも、彼だって友だちのひとりやふたり作ったっていいだろ」
「見つかったらもう次はないぞ」
「アシュアのことはぼくが守るよ。心配すんな」
カインは切れ長の目をじろりとアシュアに向けた。
そんなこと言ってないってのに・・・。
アシュアは思ったが口には出さなかった。
ケイナがここまで人に興味を示すことなどなかったから、カイン自身も混乱して苛ついている。
何でもそつなくこなせてきた彼にとって、今まででもケイナの存在は自分のこれまでの経験を大きく覆す存在だっただろう。
ケイナはまったく一筋縄では扱えない。
カインはふいに顔をしかめると両手で目を押さえた。
「またか?」
アシュアが気づかわしげにカインを見た。
カインは口を歪めた。
「消えるわけないだろ。こっちのほうが『抑制装置』をつけて欲しいくらいだ」
「『見える』能力があるというのも辛いもんだな……」
アシュアはため息をついてカインのそばの一脚しかない椅子に腰をおろし、いたわるように彼の顔を覗き込んだ。
「ぼくの能力は滅茶苦茶だ。『見え』ないといけないときには何も見えない。 『見え』て欲しくないものはいつまでも突然目の前に現れる。 あの時だって、もっと早く『見え』てれば、ケイナもあんなことにはならなかった」
カインは声を震わせて言った。目に焼きついた『残像』が現れると気が狂いそうになる。
「あの時はおれだって悪かったんだ。自分だけを責めんなよ」
アシュアは気づかわしげに言った。
カインの目は真っ赤に充血している。切れ長の二重の目が苦悩に満ちていた。
「ずっといやな感じがしてる。だけど、セレス・クレイをもうケイナからは引き離せっこないよ。 なんだかそんな気がするんだ。その方がリスクが大きいように思える」
「うん、そうだな。おれはおまえの判断に従うよ」
アシュアは頷いた。
「おれたちはもしかしてケイナにいいように扱われてんのかもしれねえな。 あれだけ愛想悪くてこんな気持ちになるとは最初とても思えなかったけど、なんかほっとけねぇ。情でもうつったかな。『ビート』は失格だな」
アシュアは冗談めかして言うと、肩をすくめて笑った。
しかしカインはアシュアから目をそらせて部屋の壁を見つめた。
情、なのだろうか。同情ではなく、友情や愛情? 彼自身がそんなものを一度も示してくれていないのに?
「だけど…… なにがどうなろうと彼の運命は変えられない。ぼくらにはその力はない」
その言葉にアシュアは無言で目を伏せた。