06-3 確執

 はっとして目を開けた。
冷や汗で額がじっとり濡れていた。まだ心臓がどきどきしている。
「夢かぁ……」
そうつぶやいて、そのあと自分の目の前にいる人物に気づいて思わずぎょっとした。もしかしてまだ目が覚めていないのではないかとパニックに陥りそうになった。
「……気分でも悪いのか」
さっきまで見ていたケイナ・カートがすぐ近くで自分を見下ろしていた。
どっちが夢なんだろう。
さっきのが夢だよな? それともこの目の前のケイナが夢?
どうしたらいいか分からず呆然としたまま彼の顔を見つめた。ケイナの顔は不審に満ちている。
「たいしたもんだな。新入生のぶんざいでエスケープか」
「ち、違うよ」
かけられた言葉にやっと現実感を覚えながら、セレスはようようの思いで答えて肩にかけていたタオルで顔をごしごし拭いた。
「トレーニング、時間が伸びたんだ。休んでたら知らないうちに寝てた」
ケイナは何も言わずにセレスの向かいの椅子を引くと座った。
食事のトレイをテーブルの上に置くのを見て、セレスは彼が今ここで食事を取るつもりなのだと知って仰天した。
目を丸くしているセレスをケイナはちらりと見たあとフォークを取り上げた。
食事をひとくち口に運ぶと再びセレスをちらりと見た。
「新入生のひとりが辞めたらしいな」
その言葉にセレスは顔を背けて再びタオルで顔を拭いた。
「いちいち感傷にひたってんじゃねえよ」
ケイナはセレスがショックを受けているのだと思ったらしい。 しかし、セレスはそれを聞いて少しむっとした。
もとはといえばあんたたちのことが原因なんじゃないか。
そう思ったが口に出す勇気はなかった。ケイナは黙々とフォークを口に運んでいる。
「どうしてこんな時間に食事を?」
セレスは横目でケイナの顔を見ながら言った。ケイナはセレスに目を向けず少し肩をすくめた。
「おれのカリキュラムは、ほかの奴よりズレるから」
「毎日そうしてひとりで食事をとってるの?」
返事はなかった。セレスは口をへの字に歪めてそっぽを向いた。
妙に気まずい空気が流れた。
ケイナは食事を終えるとフォークを荒っぽく皿の上に置き、ミネラルウォーターの入ったカップを取り上げた。
セレスはさっき見た夢のことを思い出していた。
あの夢はいったいなんだったんだろう。
ケイナが誰かに撃たれるなんて。
殺したい程ケイナを憎んでいるやつ…… ユージー・カート……?
「どうして……」
セレスは自分でも気づかないうちにつぶやいていた。
「どうしてユージー・カートはあんたを憎むの?」
ケイナはじろりとセレスを見た。しまった、と思ったがもう遅かった。
「おまえには関係ないだろ」
ケイナは目をそらせて髪をかきあげた。
「そうかもしれないけど…… 関係ない人があんたたちふたりの問題に巻き込まれてるよ」
セレスはケイナを見つめて言った。口に出してしまったものはしようがない。
口調に少し非難めいた感じが出てしまったので彼が怒るのではないかと内心不安ではあったが……。
「嫌になって辞めるのはそいつの責任だ」
ケイナはそっぽを向いたまま冷たく言い放った。
「それはおれもそう思ったよ。でも、納得できないんだ」
セレスはその冷ややかな横顔を見つめた。何の感情も現れていない冷たい表情だ。
「おれがどうかすれば納得できるわけ?」
ケイナは長い足を組み、椅子の背に体重を預けてセレスを見た。
「そ、そういうわけじゃ……」
冷たい瞳に射抜かれて思わず顔を伏せた。
「おれは誰も助けないし、守らない」
ケイナはそう言い捨てて顔をそらせた。
「おまえも辞めたくなかったら自分でなんとかしな」
「ケイナに守ってもらおうなんて思ってないよ」
セレスは心外だというようにケイナを見た。
「おれがケイナを守るんだ」
ケイナの顔がこわばった。セレスは自分の言った言葉に自分でぎょっとした。
よもやこんなことを自分が言うとは思っていなかった。
ケイナの表情も明らかに混乱していた。予想をはるかに超える言葉だったらしい。
フォークが飛んで来るかも、と思ったが、やがてケイナは肩を震わせてくすくす笑い始めた。笑いはだんだん大きくなっていくようだ。
セレスは逃げ出したいほどの恥ずかしさに襲われた。
そんなに…… 笑わなくったっていいじゃないか。
ケイナはおかしそうに体を折り曲げて笑いながらセレスを見た。
「ふざけんな」
ふざけてないよ。
セレスは心の中でつぶやいた。なんであんなこと言ったのかわかんないけど。
「ケイナ、普通に笑えるんだね……」
恥ずかしさをごまかすつもりで言ったが、それを聞いたケイナの笑みがみるみるかき消えた。
戸惑ったように髪をかきあげ、彼は長い足を曲げて椅子に乗せると靴ひもを結び直し始めた。
「冗談じゃない……」
ケイナはつぶやいた。
「おまえのそばにいると調子が狂っちまう……」
「おれもだよ」
セレスはため息をついた。
「あんたの顔を見ると、言おうとしてないことまで言っちゃうんだ」
「『あんた』はやめろ。むかつく」
ケイナは靴ひもを結び直すと素っ気無く言った。
「ご、ごめん……」
セレスは頭をがしがし掻いた。その髪にケイナは目を向けた。
「おまえ、ハーフか」
「違うよ」
セレスは答えた。
「よく言われるけど」
「…………」
ケイナはしばらくセレスの顔を見つめた。
なんでそんなに見るのさ。
セレスは真正面から自分を見るケイナの視線から逃れるように顔を背けた。
さっきまでのような冷たい光が彼の目から消えていた。普通の視線で彼に見つめられると妙にどきまぎしてしまう。
「おまえにとってユージーとおれの関係なんか問題じゃないよ。 だけど、「黒髪」と「赤毛」には気をつけたほうがいいかもな」
「黒髪と赤毛?何、それ・・・? なんで・・・?」
思わず問い返したが、ケイナはうっすらと笑みを浮かべただけだった。
「おまえなら分かってんだろ」
ケイナはそう言うと皿の乗ったトレイを持ち上げて立ち上がった。そして背を向けた。
「なんで!」
セレスはケイナの後ろ姿に向かって叫んだが、 ケイナは何も答えずトレイを返却用のカウンターに置くとダイニングを出ていってしまった。
「もう…… ケイナっていつも訳わかんねえ……」
セレスは窓の外に目を向けながらつぶやいた。