06-1 確執

 「ライン」の新入生たちの間ではしばらくスキンヘッドと赤毛の少年の喧嘩騒ぎがことあるごとに話題に昇っていたが、すぐにそんなことに関わってはいられなくなった。
毎日があまりにも忙しすぎて、 彼らは自分のやらなければならないことをこなすのがやっとだったのだ。
部屋が向かい同士であるにも関わらずセレスとアルも数日に一度、 食事の時間にダイニングルームで顔を合わせるくらいになっていた。
もともと科が違うのだから同じ時間帯では動いていない。 同じ科のトニのほうがアルとは顔を合わせる機会は多かっただろうし、会うと必ずふたりで一緒にいるから案外気があっているのかもしれなかった。
そんなハードながらも規則正しい生活を送る中でセレスは気づいたことがあった。
セレスがケイナに話しかけた日を境にジュディの自分を見る目が変化したのだ。
もともと人を見下したような表情をする少年だったが、 こちらを見る顔つきに敵意がありありと現れるようになった。
セレスはそれを意識して無視した。それがジュディの神経をさらに逆撫でしているようだったが、彼はセレスを睨みつける以外に敵対する方法を見いだせないらしかった。
 ケイナは相変わらずマイペースの生活を続けている。セレスはあれ以来ケイナとは全く言葉を交わしていない。
同じ部屋でもケイナはハイライン生だから部屋にいる時間は本当に限られていた。
噂ではハイライン生の生活はセレスたちのようなロウライン生よりも自由だが、もっとハードだと聞いた。
しつこく質問攻めにしていたジュディもケイナを捕まえられなくなっていた。
 そしてラインに入所して二ヶ月たった頃、新入生の誰もが生まれて初めてのハードなスケジュールに疲労の色を隠せなくなっていた。
その中でも特に傍目で見ても分かるほどすさまじい疲労を顔に浮かべている新入生たちがいた。
「ルームリーダーが異様にぼくらをこき使うんだ。自分のブリーフまでぼくらに洗濯させるんだよ。信じられない」
セレスと同じ訓練グループで、53-Aの部屋にいるスタン・ザックがシャワールームで漏らしたことがある。
同じグループにはほかにジュディとトリル・ブラウという少年がいたが、ジュディはそれを聞いても興味がないような顔でさっさとシャワールームを出ていってしまった。
「規則にはルームリーダーの世話までやかないといけないなんて項目ないよ。 断わればいいじゃないか」
トリルは憤慨して言ったが、スタンは首を振った。
「やらないと殴られるんだ。教官に言うと、もっと殴られるんだ」
「ひどいよ、そんなの」
トリルは同意を求めるようにセレスの顔を見た。
セレスはなんと言っていいか分からなかった。
ひどいとは思う。でも、自分にはどうしてやることもできない。
てこでも反抗して殴られろとでも言うのか? それとも黙って耐えろと言うのか?
しかたなく曖昧に相槌をうって、濡れた髪をタオルでごしごしこすった。
「こういうことさせるルームリーダーって、全部ユージー・カートの取り巻きだって聞いた」
スタンは疲れきったように壁に寄り掛かり、やるせない調子で言った。
「ユージー・カート?」
それを聞いてセレスは手をとめてつぶやいた。カートといえば、ケイナと同じ姓だった。
トリルが不思議そうな顔をした。
「知ってるの?」
「ううん……」
慌てて顔を背け、セレスは再び髪をこすり始めた。
「誰、そのユージーって人」
トリルが尋ねると、スタンは肩をすくめた。
「ぼくも会ったことないからよくは知らない。でも、ハイラインのほうは派閥分裂してるって聞いた。なんでもユージー・カートを崇拝してるグループと、彼の弟のケイナ・カートを中心としてるグループと、そのどちらにもかかわり合いを持たないグループの3つに分かれてるんだって…… ユージー・カートのグループは弟のグループとしこたま仲が悪くて巻き込まれると大変だからできるだけ中立派にいるようにしろって2回生の人が教えてくれた」
スタンはそう言って、腹立たしそうにタオルを壁にたたきつけた。
「だけど、自分のルームリーダーになられたんじゃ、中立もクソもないよ!」
「そういえば、きみの部屋のルームリーダーはケイナ・カートじゃなかったの?」
トリルの言葉にセレスは渋々うなずいた。できれば話題がこちらに向くことは避けたかったがしようがない。
「そうだけど…… ケイナはブリーフを洗わせたりしないよ」
「ケイナ・カートは優秀な人だよ」
スタンはタオルをひろいあげて言った。
「ユージー・カートなんて知らなかったけど、ぼくはケイナ・カートの名前は知ってた。3年前にトップでここに合格した人だ。それも、これまで誰も取れなかったくらいの総合得点でだ。今でもライン中で一番できる人だって言われてるんだろ。 きっとユージー・カートって人は弟のできが良すぎて妬んでるんだ。 それに周りを巻き込んでるんだよ」
セレスは黙って洗いたてのトレーニングウェアを着た。
ケイナの兄がいるなんて知らなかった。
「ケイナは怖い人かい?」
スタンがそう言ったので、セレスは少し考えたあと答えた。
「分からない。ほとんど話をしないから…… でも自分に厳しい人だと思う」
「きみがうらやましいよ」
スタンは失望の表情で言った。
「おれ、もうあと半年も持たないかもしれない。やってられないよ」
セレスは黙ってシャワー室を出た。
ユージー・カート…… ケイナの兄。いったいどんな人なんだろう。
弟を憎むなんて、そんなことあるんだろうか。兄弟なのに……?