05-5 Side by side

 翌日からケイナの言ったとおり、初日のフリータイムが天国だったと思えるような日々が始まった。
 起床は5時。6時までに朝食を終え、午前中一杯は講議、午後はトレーニング、夜は講議のまとめ、 就寝はいつも日付けが変わった。
前日の講議は翌日必ずテストされ、それに合格しないと次に進めない。
14歳の少年たちにとっては苛酷ともいえるスケジュールだった。
 ケイナはいつもまっさきに部屋を出て夕食を終えるまでは戻って来なかった。
夕食のあとはブースにこもりっきりで机に向かったあと、10時くらいに再びトレーニングのために部屋を出て、次に戻ってくるのは日付けが変わっていた。何かあれば聞いてきてもいいと言っていたが、とても声をかけられる雰囲気ではない。
 そんな中でなぜかジュディだけは平気でケイナに質問を浴びせた。
聞いていることはいつもくだらないことばかりだ。
個人通信はどこでやるのかとか、食事の時間にどうしても遅れる場合はどこでとればいいのかとか、セレスやトニに聞いてもこと足りるようなことをいちいちケイナに聞きにいく。
いつかケイナが怒り出すんじゃないかとセレスとトニはハラハラしたが、不思議なほど彼は冷静に答えてやっていた。それを見る限りでは彼はそんなに人に対して邪険な態度を取るわけではないように思えた。
もっとも、返事自体はかなりぶっきらぼうだったけれど。
 その日もジュディは待ち構えたように夕方ケイナが部屋に入ってくるなりケイナに自分の図書貸し出しカードがうまくコンピューターに入らないと言い出した。
「そんなもん、ライブラリの係員に言え」
ケイナがそう言ったので、セレスとトニは心の中で拍手をした。
「でも、係の人がいないんです。ぼく、明日までにレポート書かなくちゃならなくて」
ジュディは細かいことをケイナに言って、彼を試しているようでもあった。
「どこの文献がいるんだ」
ケイナが自分の書架に手を伸ばした時、ふいに外の廊下でものすごい音がした。
何かがぶつかって割れるような音だ。
トニとセレスはブースの中から思わず互いの顔を見合わせた。
ジュディも扉のほうを見ていたが、ケイナは全く動じていない。
「おい、なんの文献だって聞いてんだよ!」
あわててジュディが答えようとすると、ケイナのデスクの通信用モニタがけたたましく鳴った。
何を話しているのか聞こえなかったが、ケイナは苛立った足音を残してブースを飛び出すと部屋を出ていった。
その瞬間、申し合わせたようにセレスとトニは部屋のドアに突進していた。
そんなふたりをジュディはしらけた目で睨み、自分のブースに戻っていった。
「自分だって気になるくせに」
トニが小さな声でジュディに悪態をついた。もちろん、セレスにだけ聞こえるようにだ。
外を見てふたりは仰天した。
部屋という部屋から新入生たちが顔を覗かせている。
セレスは向かいの部屋からアルが半分泣き出しそうな顔で立っているのを見た。
赤い髪の少年と、彼よりもひとまわりも体の大きなスキンヘッドの少年がお互いの胸ぐらを掴んでいる姿がほんの数メートル先に見えた。スキンヘッドは少年というより、もう大男に近い。大きな音の原因はこれだったらしい。
赤毛の少年もかなり大柄だが、スキンヘッドと比べると大人と子供に見えた。そのふたりを黒い髪の少年が必死になって引き離そうとしている。
「やめろ! ふたりとも反省室送りだぞ!」
黒髪の少年はスキンヘッドの少年を後ろから引き離そうとしたが、彼の太い腕に顔面を直撃され後ろの壁にたたきつけられてしまった。
彼はいまどきめずらしいメガネをかけていたから、それが床に吹っ飛ぶのがセレスには見えた。しかし、床に落ちてもレンズは割れなかった。
「ケイナ! 頼む、こいつらなんとかしてくれ!」
黒髪の少年はケイナの姿を見て叫んだ。
ケイナの態度は不思議だった。
彼らより少し離れて止めようともせず黙って見ている。
スキンヘッドの少年が赤毛の少年の顔面をものすごい勢いで殴りつけた。鈍い音がして、彼の鼻から血が飛び散った。
「うわ……!」
トニは自分が殴られたかのように顔をしかめた。
仰向けに倒れた赤毛の少年にスキンヘッドの少年は何発もこぶしを浴びせた。
しかし赤毛の少年も負けてはいなかった。両手を組み合わせて相手の横っ面を殴りつけると、相手が離れたところで口にたまった血を思いっきり吐きかけた。それが相手をよけいに殺気立たせた。
スキンヘッドはポケットからナイフを取り出し赤毛の少年に踊りかかった。誰もが赤毛の少年の胸にぶっすりとナイフが突き刺さると思った。
しかしそうはならなかった。
ケイナの動きは誰もが予想をしえないものだった。
彼は瞬時に黒髪の少年の腰に吊ってあった訓練用の銃を抜き取り、それをスキンヘッドの少年の耳元にぴたりと突き付けたのだ。
まるで最初からスキンヘッドがナイフを抜いたらそうしようと思っていたかのような動きだった。
スキンヘッドの動きが止まった。
「終了」
ケイナは言った。
「アシュアから離れろ」