05-4 Side by side

 部屋の中は思ったより広かった。セレスのアパートのリビングの4つ分くらいはありそうだ。
床にはブルーのじゅうたんが敷き詰められ、 同じブルーのパーティションで部屋のまん中に通路をとり、両側がふたつずつに区切られている。
天井は高く全照型の照明がついているので明るかった。
パーティションの高さはセレスの身長よりも高かったから2m弱くらいはあるのかもしれない。上が抜けているから椅子の上にでも乗れば隣が覗き込めそうだ。
突き当たりの壁は天井から床までのガラス張りになっていて、 くつろぐためのスペースらしく小さな椅子が4脚とテーブルが置いてあるのが見えた。 その奥のほうに見えるドアのむこうはバスルームかもしれない。
手前の区切りの入り口から中を覗いてみると、清潔そうな白いシーツのかけてある簡易ベッドと黒い机、小さなクローゼットが並べられていた。壁側は作り付けの本棚になっている。 ちょっとした個室だ。
反対側も覗いてみると、対称的に同じつくりになっていた。
自分はどこに行けばいいのだろうかと思っていると左側の奥の仕切りの陰からそばかす顔が見えた。
「セレス・クレイ?」
何となく見覚えがあったが、誰だか思い出せなかった。
「きみと同じ部屋になれるなんて!」
彼は嬉しそうに走りよってきた。
「ぼくのこと覚えてない? 見学会のとき、アルと一緒にきみを待ってたんだよ」
「あ……」
セレスはやっと思い出した。
そう言えばあのときアルのほかにもうひとり誰かいた。言葉を交わさなかったので忘れていた。
「ぼく、トニ・メニ。よろしく」
トニはセレスに手を差し出した。セレスはその手を握り返した。
「アル・コンプはどうしたの? もちろん一緒に来たんだろう?」
「アルは向かいの部屋だよ」
セレスは言った。
「良かった。ふたりとも絶対合格してまた会えると思ったよ」
トニは満面の笑みを浮かべて言った。
「きみはぼくの向かいのブースだよ。奥の右側。あそこのテーブルに部屋の使用注意書が置いてある。 きみのブースの隣はルームリーダーみたい」
トニは奥の共用スペースのテーブルを指さした。
「もうひとりの新入生はジュディ・ファントっていうらしいよ。 なんだか女の子みたいな名前だね。まだ来てないみたいだけど」
「ふうん……」
セレスは書類をめくった。
自分の名前とブースの位置と、あとは設置してある家具類の説明だけだった。
「一緒になるハイラインのルームリーダーはまだ分からないんだ」
トニは言った。
セレスは持ってきたバッグを自分のブースに放り込んだ。
部屋の扉が開く気配がしたので顔を巡らせるとひとりの少年が立っているのが目に入った。
透けるように色の白い少年だ。彼がジュディ・ファントだろう。彼はふたりの顔を見ると額に垂れかかった栗色の髪をかきあげた。
「もう場所は決まってるの」
まるで女の子のように細い声だった。
「きみはその左側のブースだよ。ぼくの隣。これ、注意書」
トニが笑顔でわざわざ少年に注意書を持っていったが、彼はじろりとトニを見てそれをひったくり、黙ってブースの中に入っていった。
トニは肩をすくめてセレスを見た。セレスは何も言わず少し眉を吊り上げてみせた。
自分のブースでバックを開けて身の回りのものを取り出し衣類をクローゼットに入れ、こまごましたものを片づけ終わったあとバックを閉めようとしてふと底に入れたままの両親の写真と父親のブレスレットのことを思い出した。
なくすといけないので、家に置いていこうかと考えたのだが、思い直してバックに入れたものだ。
しばらくそれを見つめたのち、セレスはそれをデスクの抽き出しに入れた。
「あんた、ハーフ?」
いきなり背後で声がしたので、セレスはびっくりして振り向いた。
ジュディがブースの外に立っていた。
「どこの星とのハーフ?」
彼は両手をポケットにつっこみ、顔を斜めにかしげてこちらに顔を向けていた。目だけを動かしてじろじろとセレスの頭の先から足までを眺めている。
「おれハーフじゃないよ。昔はよく言われたけど」
セレスはバックを閉めながら答えた。
「でも、髪と目が緑色だ」
「違うんだからしようがないだろ」
セレスはバックをクローゼットに放り込み、バタンと扉を閉めた。
「遺伝子検査した?」
セレスは少しむかっとして少年を見た。高飛車な彼の物言いは神経を逆撫でするものだった。 彼の背後でトニが心配そうな顔をこちらに向けている。
「してないなら別にいいよ。聞きたかっただけだ」
ジュディは言った。 セレスは無言で彼を見つめた。
「ハーフには会ったことないからさ、少し興味があっただけだよ」
彼はそう言うとさっさと自分のブースに戻っていった。
向かいのトニに目をやると、トニはセレスに大袈裟に首を振って顔をしかめてみせた。
なんだか妙なやつと一緒になっちゃったよな、と言いたげだ。
部屋の扉が開く気配がしたのはそのすぐあとだった。ルームリーダーが来たらしい。
セレスとトニは顔を見合わせ、ブースから出て同時に「あっ」と小さく声をあげた。
「新入生、こっちに集合」
目の前を通っていったのはまぎれもないケイナ・カートだったのだ。
(まさか…… 彼がルーム・リーダー?)
セレスは心臓が飛び出すのではないかと思うほど激しく動悸をうつのを感じた。
こんなに早く会えるとは思ってもみなかった。
「聞こえないのか!」
呆然としているセレスとトニを見てケイナは怒鳴った。
ジュディはすでにケイナのいる共用スペースに立っている。
ふたりは慌ててブースを飛び出した。
「座っていいから」
ふたりをじろりと睨んだあと、ケイナは三人に椅子を顎で示した。 震えあがりそうなくらい怖い目だ。
彼はそれぞれに分厚いファイルを手渡すと自分も椅子に腰かけて長い足を組んだ。
こんなくだらないことは早く終わらせたい、と言わんばかりの渋面をしている。
「今日から半年間、きみたちのお守をさせてもらうことになった。名前はケイナ・カート、四回生だ。そのファイルはきみたちそれぞれのこれからのカリキュラムと全体の規則が入っている。あとでゆっくり読んでおくように」
ケイナは口早にそう言って自分のファイルをめくり始めた。 ページをめくるなにげないしぐさがぞっとするほど優雅だ。 ラフな専用のトレーニングウェアを着ていなければ、やっぱり誰も軍科志望などとは思うまい。
「この部屋は軍科生がふたり、情報科がひとりになっている。トニ・メニは…… きみか。 あとのふたりは軍科だな」
セレスはジュディが軍科だと聞いてびっくりした。 てっきり情報科だと思っていたのだ。
トニも同じことを考えたらしい。思いがけないといった顔でジュディを見た。
「あとで見れば分かると思うけれど、カリキュラムの中のRPという項目は ルームリーダーによる補充カリキュラムだから、セレス・クレイとジュディ・ファントは おれの担当になる。トニ・メニはそのファイルに書いてあるから確認しておけ」
ケイナはファイルからほとんど目をあげない。
各共同の部屋のことや、風紀に関する規則、こまごました生活の規則を淡々と事務的に話した。
「今日は入所式が終わったらあとはフリータイムだそうだ。 こういう日は明日以降ほとんどないから、有意義に使っておくんだな」
ケイナは最後にそう言うとぱたんとファイルを閉じた。
「質問は?」
初めて彼は三人の顔を見回した。
セレスは自分の顔を見ても何の反応もないケイナにがっかりしていた。
覚えていてくれていることを期待していた。会えば「よく来たな」くらい言ってもらえるかもと思っていたのだ。
数カ月も前のほんの数時間一緒にいただけのことだから彼は忘れているのかもしれない。
でもあんなにすごい力で腕を掴んだのに……
「忘れるな」と言ったのは彼だったのに……
「何にもないなら最後に言っておくが、基本的におれはきみたちの普段の行動については何も干渉しない。おれも干渉されたくない。何か分からないことがあればいつでも聞いてきてもらってかまわないが、 できるだけ個人の行動は個人で規範を持ってやってくれ。 ただし、他人のカリキュラムに影響を及ぼすようなことがあれば容赦しないからな。 二、三発ぶんなぐられる以上のことを覚悟しておけよ」
何がおかしかったのかジュディがかすかに笑みを漏らしたが、ケイナはそれを無視した。
そしてさっさと立ち上がると部屋を出ていってしまった。
自分のカリキュラムに戻っていったのだろう。
三人は座ったまま黙ってケイナを見送るしかなかった。
「びっくりした……」
トニはほっと息をついてつぶやいた。
「しょっぱなからケイナ・カートの部屋になるなんて思いもしなかった」
まったくだ、とセレスも思った。
しかし、ジュディはかすかに顔をしかめていた。
「あれがケイナ・カート? もう少しできそうな人かと思ったよ」
「彼は「ライン」で優秀だよ」
トニが言うとジュディはかすかに笑った。
「だといいけどね」
彼はそう言うと自分のブースに戻っていった。
「なんか、いやなやつ」
トニは小さな声で毒づいた。そしてセレスを見た。
「ケイナはきみのことを忘れてるみたいだね。見学会で担当だったはずだろ?」
「きみは彼のこと、よく知っているの?」
セレスはトニに尋ねた。トニはちょっと目を伏せた。
「うん…… まあね。ジュニア・スクールで一緒だったから」
「そう……」
ケイナはジュニア・スクール時代いったいどんな生徒だったのだろう。
あの時の約束を本当に忘れてしまっているのだろうか。
必ず来い、と言っていたのに。だから頑張れたのに。
セレスは口を引き結んだ。