05-2 Side by side

 2ヶ月後、セレスはなんとかギリギリの成績でひっかかってラインに合格した。
授業中居眠りばかりしているセレスに学科の試験の手ほどきをしたのはもちろんアルだ。
運動能力の試験はほうっておいても大丈夫だったが、 学科試験だけはセレスの独学だけで間に合うはずがない。
アルの母親は息子がセレスの家にいりびたるのを好まなかったが、 アルの好きなようにさせろと説き伏せたのは彼の父親だった。 これまで父親とはほとんど話すこともなくいつも遠巻きに見ていたアルだったが、急に父親の存在が身近に思えて嬉しかった。 何よりも父親がセレスを友人として認めてくれたのが嬉しかったのだ。
 それにしても試験前一週間のセレスはすさまじかった。 アルが休日にセレスの家に行くと部屋中テキストの山だった。 テキストの山に埋もれるようにしてセレスは寝ていたりした。
「ゆうべここで寝たの? 試験までに体を壊しちゃうよ」
アルは散らばった紙の束を拾い上げながら言ったが、セレスはただ笑っただけだった。
こんなに集中力があるならもっと普段から真面目にすればいいのに、と優等生型のアルは思う。
セレスは最初の基本さえ言えばあとは全部理解してしまう。セレスが本気を出せば、きっとアルと一位二位を争う成績だっただろう。
前からそういうところはあったが、要領がいいというのか、飲み込みが早いというのか、 コツコツと積み重ねて学習していくアルにとっては羨ましい限りだった。

 そして試験の日を迎え、数日後に最初にセレスの合格通知書を手にしたのはアルだった。
彼は試験が終わって眠りほうけているセレスの家でこっそり彼より先に通知書をダウンロードしてプリントした。
「来月からは居眠りすんなよ」
セレスの目が覚めたとき、合格の通知書を手にアルがそれをひらひら振りながら言うとセレスは慌ててそれをひったくって眺め、そしてアルに抱きついた。
「ありがとう! アル! アルのおかげだよ!」
アルは笑った。セレスが喜んでいることが本当に嬉しかった。
「生殖機能検査はどうだった?」
アルが訊ねるとセレスはテーブルの上の紙束をひっくりかえして検査結果の通知表を取り出した。
「ダブルプラスからトリプルプラスの間……。確定じゃないってさ。 2年後にまた検査が必要だって書いてある」
セレスは言った。
「そうか。ぼくはシングルプラスだったんだ。 母さんと父さんがゼロポイントで治療したからぼくが生まれてるし、ぼくもそんなものだと思ってたけど治療を受けなくちゃならないのが面倒だよなあ。ライン3回生くらいになってないと途中でドロップアウトしかねないよ」
アルはため息をついた。
生殖機能治療は時間と手間がかかる。一ヶ月に数回検査を受けなくてはならないのだ。
ラインに入ってそんなふうに途中で何度も抜けることは致命的だった。
「アルなら飛び級ですぐにハイラインに上がるよ」
セレスの言葉にアルはにやりと笑った。
「いや、ぼくもそう思ってたんだけどね」
セレスはげらげら笑ってアルの頭を書類の束で軽く殴った。アルも大笑いした。
「ねえ、セレス」
アルは急に真面目な表情になって言った。
「十年後、ぼくらはいったいどんなふうになっているだろう」
セレスはふっと笑うのをやめ、アルを見た。そして目をそらせた。
「きみはお兄さんみたいに一流になっているかもしれない。ぼくは部下をひとりかふたりも持つ管理士になっているかもしれない。もしかしたらそれぞれ相手を見つけて子供がいるかもしれないね」
「…………」
セレスは何も言わなかった。
「どうしたの」
アルは黙ったまま目をそらせているセレスを怪訝な顔で見た。セレスは少し笑ってアルを見た。
「変わるのはまわりだけさ。自分は10年後も20年後もそんなに変わらないよ」
アルはしばらく彼の顔を見つめたあとうなずいた。
「そうかもしれないね」
思えばこのとき、セレスは自分の近い未来を予測していたのかもしれなかった。
もちろん漠然とではあるが……
しかしアルにはもちろんそのときにはそんなことは分からなかった。