05-1 Side by side

「ばかなことを言わないで!」
叔母のフェイはハルドの言葉を聞いて怒りで顔を赤くした。
「セレスは昔っからあんまり体が丈夫じゃなかったわ。おまえと違って体も小さいし無茶させないで。  ……そういうこと、挑発しないで!」
最後のほうは半ば懇願するような口調だった。
「母さん」
ハルドは画面の向こうで叔母を落ち着かせるようにゆっくりと言った。
「セレスはもう14歳になります。ここ数年風邪ひとつひいてはいませんよ。 あいつがこんなにきっぱりと自分の意思表示をすることなんて滅多にないんだ。あいつの気持ちを尊重してやってください」
「尊重してるわ。だからコリュボスに行きたいって言った時も許したじゃないの。 11歳の子を半分ひとり暮らしさせるなんて、どれだけの決心が必要だったと思うの」
フェイは思わず指で目をぬぐった。
彼女は心根が優しくて面倒見がよく、学者だった父の妹だけあって頭もいい。だが涙もろくてすぐに泣き出す。叔母に泣かれるのがハルドは一番苦手だった。
自分が「ライン」を志望したときもさんざん泣かれたのだ。もっとも当時も、そして今のこの状態も、少なからず予想はしていたことであったが。
「母さん、ぼくが責任を持ちます。だから……」
ハルドは画面越しであることをもどかしく思いながら言った。指揮官のデスクから小さな通信機でかけているからしかたがない。 休暇もあと二ヶ月はとれっこない。
「おまえの将来のことはどうなるの。いつまでもセレスがそばにいたんじゃ結婚できないわ」
フェイは形のいい眉をひそめた。またその話か、とハルドは思った。
「そんなこと心配しなくても大丈夫です。ラインに入ってしまったら家を出るのも同然だってことは母さんだって知ってるでしょう」
心の中では(結婚はしないかもしれないなあ・・・)と思ったが、もちろん口には出さなかった。
「もう…… 一生懸命育てても、子供ってわがままばかり言うんだから……」
叔母はつぶやいてうつむくと顔を覆った。ハルドはため息をついた。
叔母は父と母が死んだあと、わが子同然に愛情を注いで育ててくれた。
12歳だったハルドが両親の死のショックで拒食症になったときに必死になって治してくれた。
セレスが地球のジュニア・スクールで緑色の髪というので苛めに遭ったときは大変だった。ハルドはもうスクールを修了していたのでどうしてやることもできなかった。
だけど、叔母の愛情があるからセレスは乗り越えたのだ。
感謝してる。セレスだって感謝しているはずだ。
だけど、セレスがあんな顔で自分に連絡してきたことなど今までなかった。
顔がまるきり違った。
だから、叔母の説得は自分がすると引き受けたのだ。
さて、どうしたものか……
「フェイ」
叔母の背後で声がした。叔父のケヴィンの声だ。叔母が振り返るのが見えた。
「もういいじゃないか。こっちに戻って来たって、おまえのそばにずっといるわけじゃないんだし」
叔母が何か言おうとすると、強引に叔父が叔母を押し退けて画面に現れた。
「ハルド」
豊かな髪のほとんどが灰色になってしまっている叔父は言った。教育者という職業らしく顔つきがいかめしい。ちょっと見ない間に老けてしまったな、 とハルドは思った。
「フェイはセレスがおまえたちの父親にそっくりだから手放したくないんだよ。私も正直な話、セレスがこっちに戻って来てくれればまた賑やかになるのにと思ってはいたんだが…… フェイには私からゆっくり言い聞かせておくから、 セレスをそっちの「ライン」に入れる手続きをしなさい。 早くしないとテストに間に合わなくなる」
「お父さん、ありがとう」
ハルドは言った。
「お母さん、申し訳ない。セレスにもまた連絡させます」
叔父がうなずいたので、ハルドはすばやくスイッチを切った。そして大きな息を吐いて椅子の背に体をもたせかけた。
「弟さん、ジュニア・スクールを卒業かい?」
書類を持って部屋に入ってきた秘書のリーフがかすかに笑みを浮かべて言った。彼はハルドより4歳年上で頼りがいのあるいい青年だった。
「あいつをラインに入れることにおれも完璧に賛成ってわけじゃないんだ」
ハルドは本音を漏らした。
「あいつ、なんだか人並み外れているところがあるから、それがなんだかトラブルにつながりそうな気もして・・・」
「ラインにはカート司令官の息子さんたちもいるよ。次男のケイナは天才的らしい。きっと触発されていい成長するんじゃないかな。大丈夫だよ」
「だといいんだけどね」
ハルドは苦笑した。
「その若さでまるで父親みたいだな。きみのほうこそ弟を信じるべきじゃないの?」
リーフの言葉にハルドは目をぱちくりさせた。そして笑った。
「そうかもな」
ハルドはそう言ってリーフの持ってきた書類に目を通し始めた。
そのとき彼はもちろん最初のその危惧がまさか的中することになろうとは思っていなかった。