04-3 共鳴

「え?」
カインは連絡を受けて仰天した。
「見学からまだ戻ってない?」
もう、かれこれ2時間だぞ。どんなに長く回ったって50分がせいぜいってところだ。
ホールの女性が困惑したように画面に映っている。
「一緒に来た子がずっと部屋で待ってるんです。彼はあなたの担当だったそうですけれど、友人はケイナ・カートさんだったらしいんです。こちらからの連絡がつかなくて」
画面の後ろで見覚えのある少年が不安気な顔をしている。確かにさっき一緒に見学に回った子だ。
「探してみます」
カインは画面を切って部屋を飛び出した。厭な予感がしたのだ。
やっぱりあの緑の霧が見えたときに無理にでも止めさせれば良かった。
走る先に、のんびり廊下を歩いて来るアシュアの姿を見つけた。
「ケイナは?」
カインは食ってかかるようにアシュアに言った。
「いるよ」
アシュアはカインの形相を見て不思議そうに答えた。
「どこに」
「どこって…… トレーニング室に」
「見学生と一緒なのか?」
「いや。ひとりだけど……」
カインが舌打ちして歩きだしたので、アシュアも慌ててそのあとに続いた。
「ケイナから目を離すなって、言われてるだろう!」
カインが怒鳴ったので、アシュアは思わずむっとした。
「離すなって…… 俺だってトイレくらい行くよ! それにおまえにも警告ついてないんだろ!」
カインははっとした。
そうだ。ケイナが異常に感情を高ぶらせたりしたらすぐに分かるはずだ。
カインは慌てて腕時計に目をやった。端にある小さなランプがそうだ。
危ない時はここにライトがつく。腕に振動で伝わる。
そんなことはなかった。何にもなかった。
じゃあ、どうして。
「ケイナが担当した見学生がまだ戻らないんだ」
「見学生? 見学会はもうとっくに終わってるだろ? なんで」
「なんでか分からないからケイナを探してたんだよ!」
トレーニング室に駆け込むとアシュアが言った通りケイナはひとりでトレーニングマシンに座っていた。
「ケイナ」
カインは声をかけた。
相変わらず返事がない。
助けを求めるようにアシュアに目を向けると、アシュアは苦笑してうなずいた。
「ケイナ、見学生がひとり行方不明なんだとよ」
アシュアがそう言ったので、ケイナは顔をあげた。
「ちゃんと世話してやったのか」
「なんの世話」
ケイナはすぐに目をそらせた。握っている重りはそのままだ。
「見学者なんだから、案内してやったのかってことだよ」
アシュアは根気強く尋ねた。
「当たり前だろ」
ケイナはこともなげに答えた。
「まだ集合室に戻ってない。きみは送ってやらなかったのか?」
カインの言葉にケイナはうっすらと笑みを浮かべた。
「ああ、そう言えば、射撃室に置き去りにしたかな」
「え!」
同時に声をあげるカインとアシュアにケイナはちらりと目を向けた。
「大丈夫。もう自分で戻ってるよ」
「射撃室で何をしてたんだ?」
カインは注意深くケイナに尋ねた。
「別に」
ケイナはそう答えてくすくす笑った。
ケイナが笑っている……
カインは奇異なものを見るようにケイナを見つめた。ケイナが…… 笑っている。それも楽しそうに。
「おれからボールを取ったのは、あいつが初めてだ」
「何?」
カインは目を細めたがそれ以上ケイナは答えなかった。

 アルは辛抱強くセレスを待った。
アルの心配そうな姿を見兼ねたのか、一緒に見学に回っていたトニ・メニも彼の横に所在なさげに立っていた。
「きみ、いいよ。つき合ってもらわなくても」
アルは申し訳なさそうにトニに言ったが、トニは笑みを浮かべた。
「いいよ。これから別に予定もないし。それに、ぼくもなんだか気になっちゃって」
アルはため息をついた。セレスはいったいどうしちゃったんだろう。
周囲にはもう誰もいなかった。あれだけたくさんの子供たちで騒々しかった部屋も今はがらんとしている。
「あの……」
トニはためらいがちに口を開いた。
「さっき、ケイナ・カートのことでぼく、悪いこと言っちゃったね。余計な心配させちゃってるんじゃないかと思って……」
「さっき?」
アルは思い出した。
「ああ、怖いとかなんとか……」
「うん…… ごめんよ」
トニは目を伏せた。
「いいよ、別に。でも、彼、そんなにひどい人なの?」
「昔はあんなじゃなかったよ」
トニはアルの横に腰をおろして息を吐いた。
「あの容姿だからものすごく目立ってたんだけど、頭もいいし、運動神経も抜群によかった。全然気取らない人だったよ。けっこう周りからも好かれてた」
「ふうん……? それがなんで?」
「しかたないよ。苛めに遭ってたんだ」
トニは言いにくそうに答えた。
「苛め?」
アルは目を丸くした。
「顔もよくて、頭も良くて、スポーツ万能で、気取らなくて、なんで苛めに遭うの?」
「うん……」
トニは言おうか言うまいか迷っているようだった。
「彼、ひとつ上の兄さんがいてさ、それで……」
「お兄さんが原因なの?」
「違うよ。そうじゃなくて…… うーん……」
「…………?」
訳がわからないという表情のアルを見てトニは困惑したような顔をした。
「あんまり知らないほうがいいよ。彼に関わらないほうがいい。きみの友だちにもそう言っておいてよ。軍科を志望するんなら、ケイナと同じになるんだろ?」
「関わるなっつったって、もう会っちゃってるじゃん……」
アルの言葉にトニは顔を赤くした。

 アルがセレスの姿に気づいて立ち上がったのはそれから5分後だった。
セレスが戻って来たので、トニも安心したように息を吐いた。
「ありがとな」
アルが言うと、トニはそばかすの顔をほころばせた。
「試験受かって一緒に来れるといいね」
「う、うん」
さすがに推薦状をもらっているとは言えなかった。
トニはアルと握手をして去っていった。
セレスに目を向けると、疲れきった様子で椅子の背にもたれかかっている。
「セレス・・・なんかあったの?」
アルが尋ねると、セレスは何でもないというように首を横に振った。
さすがに帰りは運転できないようなので、アルがエアバイクの前に座った。
「あ、あのさ……」
アルはエンジンをかけながらためらいがちに言った。
「なんか、厭なことでもあった? あの人にひどい事言われたとかさ。いじわるされたとかさ」
「あの人って?」
セレスは不思議そうにアルの背中を見た。
「見学の担当の人」
「ああ……」
セレスはつぶやいて、それからくすくす笑い始めた。
「意地悪かぁ…… そうかもな……」
アルは目を細めた。セレスがどうして笑っているのか分からなかった。
「なんか評判よくないみたいだよ、あの人。災難だったね」
ふわりとエアバイクを飛び立たせながらアルは言った。
「別に悪い人じゃなかったよ。意地悪かもしれないけど・・・たぶん、あんな物言いしかできない人なんだ・・・」
セレスは答えた。
なんでそう思うの? そう聞きたかったがやめた。
「アル」
セレスが言った。
「なに?」
アルは前を見たまま返事をした。
「今日、ありがとな」
「別にお礼言われるようなことしてないよ」
「そんなことないよ。おれを誘ってくれたじゃん」
「…………」
「おれ、決心ついたよ」
「…………」
「「ライン」に行くって、兄さんに言うよ。叔母さんにも」
「…………」
「アル、聞いてる?」
「聞いてるよ」
不安が沸き起こった。
絶対何かあったんだ。間違いないよ。アルは直感的にそう思った。
「推薦状なんてもらえっこないから、おれ、明日っから死ぬ気で勉強するよ。何がなんでも合格しなきゃ」
「死んだら「ライン」に行けないよ」
アルの言葉にセレスは笑った。
「約束したんだ。だから絶対「ライン」に行く」
誰と?
あのケイナ・カートと?
思わず出そうになる言葉をアルは飲み込んだ。