04-2 共鳴

 セレスは自分の足下に転がるボールを絶望の思いで拾いあげた。
しかたなくひとりでボールを追いかけ、何度かシュートした。
やはりケイナは戻って来なかった。
20分ほど待ってもケイナが戻ってくる気配がないので、セレスは大きく息を吐くとボールを片付けてひとりで元の部屋に戻る決心をした。
彼は呆れ果てて自分をほっといてどこかに行ってしまったのだ。
彼でなくったって、普通呆れるよな。
ボールを見つめてセレスは首を振った。
何だか残念だった。何年ぶりかで誰かとバスケットボール追いかけられると思ったのに。
そのときセレスは自分の足下に放り投げられたバスケットシューズを見た。
「おれの昔のやつ」
ケイナが不機嫌な顔で立っていた。
「いいの?」
セレスは白いバスケットシューズを見つめた。
ケイナは何も言わなかった。
バスケット、やってたんじゃん。セレスは嬉々としてシューズを履いた。
少し大きかったが十分だった。紐をきつく締めれば何とか走れる。
「おれ、こっち。あんたはあっちの高いほうのゴール」
セレスはケイナの腕を引っ張った。一瞬彼が険しい顔をしたが、気にしなかった。
「高さ同じじゃフェアじゃないしさ」
セレスの言葉にケイナはやはり何も言わなかった。彼は黙ってセレスのシュートするゴールの前に立った。
セレスはボールを床に打ちつけた。快い音が響く。嬉しくてしようがなかった。そして勢い良く走り出した。
しかしボールはあっけなくケイナに奪い取られ、彼は軽々と自分のゴールにシュートを決めた。
何度かセレスはケイナのボールを奪ったが、やはりすぐに取りかえされてしまう。5秒も自分の手元にボールがない。
悔しくてたまらなかったが、そのうちセレスは妙なことに気づいた。
背の高さや歩幅や、そんなことを別にしても、ケイナは変だ。
彼は……知ってる? ボールの先を知ってる。おれのボールがどこにいくか、知ってる……
手が、足が、おれの考えてる先に動いてる。
あれ……?
セレスは走りながらケイナの顔を見た。
この人……?
何十回かケイナにゴールを決められたあと、セレスは床にひっくり返った。
もう動けなかった。
床に大の字になって息をきらすセレスの頭上で、ケイナがボールをゆっくりと床に打ちつけていた。
「うそつき」
息をきらしながらケイナの顔を見上げて言った。
「なんで試合に出ないなんて言うんだよ」
やはりケイナは何も言わなかった。
「あんな動き、誰にもできないよ」
「下手だからさ」
ケイナは答えた。
「みんなと同じように・・・ボール取れませんて、できないからだよ」
セレスはそれを聞いてくすくす笑い出した。
この人、おれと一緒じゃん。ボールの先が読めちゃうんだ。
同じ人…… いるんだ。
ケイナの顔に今までと違う表情が浮かんでいることをセレスは知らなかった。
彼はボールを床に打ちつけるのをやめるとセレスの脇を足でこづいた。
「行くぞ」
セレスは起き上がった。

「おれの射撃の腕を見たいんだろう」
ケイナはそう言うと広いホールの両側に並んでいるひとつのドアの前に立った。ドアの前で手をかざすのは、きっと掌紋の照合かなにかのためだろう。
滑るように横に開いたドアの中にケイナが入っていったので、セレスも慌ててそれに続いた。
中に入るとさらにガラスの壁を隔てて奥に部屋があった。窓も何もない。だが、とても明るかった。
ガラス越しに上を見ると頭上のずっと高いところにある天井自体が発光しているようだ。
ケイナはそばの壁にかかっていた銃身の短い銃を取ると、壁に埋め込まれたキイボードに何やら数字をいくつか入力し、壁にかかっていたヘルメットをセレスにほうってよこした。
「これ、被ってな。破片が飛んで来る。顔の前のガードもおろしておけよ」
「あんたはいいの?」
「いい加減、人のことを『あんた』と言うのはやめろ。むかつく」
「ご、ごめん……」
セレスは慌ててヘルメットを被った。ケイナはそれを一瞥するとガラスの奥に足を踏み入れ、セレスにも来るように手招きした。セレスが躊躇すると彼は近づいて強引にセレスの腕を掴んだ。そして一緒に部屋の中央まで引っ張っていった。
(嘘だろう……)
セレスは震え上がった。こんな近くで見てろって言うのかよ。
「目の前の壁から的が飛んで来るからな。目をつぶらないで見てろ」
「は、はずしたらどうなるの。おれんとこに向かって来たら?」
セレスは思わず言った。
「死にゃしねえよ。血は出るけど」
ケイナは笑みを浮かべた。
「冗談じゃないよ」
「おまえが言い出したことだろ」
かすかに音がした。標的が飛ぶ合図だ。セレスは歯を食いしばった。どこから飛んで来るんだよ。
かちりと小さな音がして、セレスは一瞬のうちに黄色い小さな玉が自分に向かって飛んで来るのを見た。
次の瞬間、セレスはケイナに突き飛ばされて床に転がった。
パシン、という音がして、小さなかけらがヘルメットに当ったのを感じた。
「終わり」
ケイナが言った。
「そんなのってないよ!」
重いヘルメットをむしりとってセレスは叫んだ。
「こんなの見えねえじゃん! 一発だけで、おまけにこんなとこ……」
そして口をつぐんだ。つぐまざるをえなかった。ケイナの持った銃がぴたりと自分の額に押しつけられたからだ。
「隙だらけのくせに、ぎゃあぎゃあ生意気に騒ぐな」
天井からの光がケイナの金色の髪を妖艶なほど輝かせていた。
セレスはしばらくケイナを睨みつけたあと、口を引き結ぶと思いきって突き付けられた銃口をつかんだ。
ケイナの目がわずかに細められたかと思うと、あっという間に銃口を掴んだ手を彼のもう片方の手で捕まれ、投げ飛ばされていた。
「うぎゃっ!」
背中をいやというほど床に打ちつけて、ぶざまな声が漏れた。
ケイナはセレスの腕を掴むと強引に彼を立たせた。
「どうしても見たけりゃ「ライン」に来い」
腕を掴んだままケイナは顔を近づけた。
なんて力だ…… セレスは思わず悲鳴をあげそうになった。
「ここに来てさっさとハイラインにあがってくれば、いくらでも見せてやるし相手をしてやるよ」
至近距離で見るケイナの目はくらくらするほど深い青だ。かすかにハーブの香りがする。
なんだろう。ミント?
「だけど、おれはあと2年しかここにはいないぜ。 おまえは一年でハイラインにあがって来なきゃならない。それができるか?」
「で…… できるさ」
セレスはきりきりと自分の腕を締め付けるケイナの手に痺れるような痛みを覚えながら言った答えた。
「絶対あんたのそばに行ってやる」
「『あんた』はやめろ」
ケイナは笑みを浮かべるとセレスの腕を放した。セレスは大きく息を吐いて腕をさすった。折れるかと思った。
「忘れんなよ」
ケイナはそう言い残すと部屋をあとにした。その姿を見送って、セレスはしばらく腕をさすりながらぼんやりとその場に立ち尽くしていた。
そしてはっとした。
「ちくしょう! どうやって元の部屋に戻ればいいんだよ! ケイナ・カートのくそったれ!!」
大声で怒鳴ったが、あとのまつりだった。