04-1 共鳴

 アルはセレスのことが心配でしようがなかった。
一緒に見学することになったトニ・メニという少年の言葉がアルの不安に拍車をかけた。
「きみの友だち…… 災難だね…… よりにもよってケイナ・カートが担当だなんて。軍科志望なの?」
「なななな、なんで」
アルは慌てた。
「なんで災難なの?」
「あ、ええと…… うん…… あの…… ケイナ・カートは有名で…… ぼく一緒のスクールだったから知ってるんだ。彼、怖いよ…… 愛想もよくないし……」
「怖い……?」
アルは顔を歪めた。セレスはいじめられるんだろうか。だけど確かに怖そうだった、あの人……
「ごめん…… あの…… いらないこと言っちゃったかな……」
アルはトニの顔を見た。顔中そばかすだらけだ。しかしトニに返事をすることはできなかった。担当のライン生が説明のために口を開いたからだ。
この上級生の名前はなんていっただろう……
そう、カイン・リィだ。覚えておかなきゃ。
大丈夫、セレスはタフなやつだから大丈夫さ。
アルは自分に言い聞かせた。

 ケイナは無言で長い廊下を歩いていった。
セレスも黙ってそれに続いた。
「ライン」の廊下は明るく片側の壁が一面総ガラス張りになっていたので外の景色を見ることができた。
歩きながらそっと下を見下ろしたが地上は全く見えない。都市の塔のてっぺんがにょきにょきと突っ立っているのが見えるだけだ。
中央塔は「コリュボス」で一番高い塔だが「ライン」のある156階はまだ中層階のはずだった。
そういえば兄さんも塔のどこかにいるんだよな……
今日、見学会に行くって言わなかった。言ったらもしかしたら会えたかもしれないのに。
セレスは揺れるケイナの金色の髪を彼の後ろから見てぼんやり考えた。
堅く黒い床にケイナの靴の音が響く。
ケイナがコツ、と音を立てる間にセレスの靴音はコツコツとふたつ響く。
歩幅が全然違うみたいだ。セレスはこっそり苦笑した。
どこかで子供の声を聞いたような気がした。アルたちも見学に出ているのかもしれない。
それにしてもこの人、ほんと愛想悪い。いつもこんな感じなんだろうか。
ふいに彼が立ち止まったので、セレスは危うく彼の背にぶつかるところだった。
廊下は突き当たりに来ていて、左右に分かれていた。
「右が講議室。左が軍科のフロアと宿舎」
ケイナは事務的にそう言うと髪をかきあげた。
髪をかきあげるのは彼の癖らしい。時々そのしぐさを見せる。
彼の右の耳たぶに赤い点が見えた。
ピアスかな。イアリング……? 片方だけだなんて、変なの。彼女と片方ずつお揃いで?
誰かが言ってたっけ…… モデルクラブと間違えてんじゃないの、って。
可哀想っていうのは、こんなチャラチャラして愛想悪い人が担当で可哀想ってことかな。
廊下の左に折れて歩いていくケイナに続きながらセレスの憶測は尽きない。
押し黙って歩いているとそうでもしないと気が滅入りそうだった。
しばらく歩くと今度は天井の高いホールに出た。その先でまた廊下が3つに分岐している。
「一番左が宿舎。中と右が牢獄塔」
「牢獄塔?」
思わず彼を見ると、ケイナはかすかに笑みを浮かべた。
「各種トレーニング室」
「ああ…… そういうこと……」
セレスは肩をすくめた。そう言えば兄さんも軍科のトレーニングはきついって言ってたっけ。この人もきっとついていけないで苦労してんだろうな。なんかそんな感じ。
ケイナはまん中の廊下に向かった。
それにしても迷路みたいだ。
セレスは一瞬この少年が意地悪く自分を置き去りにしたら、どうやって戻ろうかと不安になった。
……やりかねない。この無愛想さはやりかねない。
帰る道を覚えておかなきゃ……
そう心の中でつぶやいたことが聞こえてしまうのではと思えて、思わずケイナの顔をちらりと見上げた。
 ライン生たちはみんなどこにいるんだろう。静か過ぎるくらい静かだ。
このフロアには自分とケイナのふたりしかいないんじゃないかという不安すら覚える。
ふとセレスは横にあった部屋を覗き込んで足をとめた。
ケイナは知らん顔してずんずん歩いていく。
その後ろ姿をちらりと見てから、セレスは再び部屋の中に目を向けた。
ぴかぴかに研かれた床に見覚えのあるコートのラインが引いてあった。ゴールもある。
「ねえ!」
セレスは叫んだ。ケイナが立ち止まって振り向いた。
「ここ、入っていい?」
彼はあからさまに不快な表情を見せた。
「見学させてもらえるんだろ?」
セレスはケイナにそう言い、さっさと部屋に入った。
周囲を見回し、倉庫室らしいドアを見つけて走り寄った。
こういうところはどこも同じような作りをしている。ジュニア・スクールのスポーツホールもそうだった。 中に入るとバスケットボールのある場所はすぐに分かった。
外に出て床にボールを打ちつけると、だん! という気持ちのいい音が響いた。ぞわっと全身が総毛立つような快感だ。
「すごいな。おれのボールと大違いだ」
セレスはぼろぼろになった自分のボールを思い出してつぶやいた。新しそうで触っても気持ちがいい。
少し躊躇したのち、靴を脱ぎ捨てた。こんな靴だと床を痛めてしまう。
しばらくドリブルしたあとゴール目がけて走った。そして思いきりシュートした。
しかしボールはゴールに届かず下に落ちた。高すぎるのだ。
「ゴールを降ろそうか」
呆れたようなケイナの声が響いた。
「家に帰ってやれば?」
「ここでもバスケットするの?」
セレスはケイナの言葉を無視して言った。手はボールをたえず床に打ちつけている。
「チームがあるの?」
「チームなんかねえよ。古臭いスポーツだ」
ケイナは仏頂面で答えた。
「やったことある?」
セレスはもう一度シュートしながら尋ねた。やはり届かない。
ケイナは首を振って壁のスイッチを押した。わずかにゴールが下がってきた。
いいとこあるじゃん。この人はそんなに悪い人じゃないのかも。
さっきまでぶつぶつと彼に悪態をついていたことをセレスは完全に忘れていた。
試しにシュートをしてみると、今度はようやくゴールに入った。
「2ー0。ねえ、全然やったことない? ちょっとした試合とか出たこととないの?」
「ないよ」
ケイナは面倒臭そうに答えた。
「なんで?」
セレスはドリブルをして走りながらケイナを見た。相変わらず怒ったような顔をしている。
「下手だから」
彼は吐き出すように答えた。
「じゃあ、おれとやってよ。ジュニア・スクール生となら互角だろ?」
ケイナはそっぽを向いた。冗談じゃ無い、ということだろう。
「やろうよ!」
セレスは有頂天になっていた。ボールをケイナに向けて投げると、ケイナは冷静にボールを受け止めて冷ややかにセレスを見つめた。
「素足でやると足を傷める」
「だって、シューズなんか持って来てないんだからしかたないよ」
セレスは肩をすくめて言った。
「こんな立派なコートがあるって知ってたら持って来たさ。おれ、はだしでもいいよ」
ケイナはしばらく無言でセレスを見つめていたが、やがて床にボールを叩きつけると、くるりと背を向けて部屋を出ていった。
突き刺すような怒りの目を見せて。