03-4 ケイナ

 周囲にさっきと違うざわめきが起こったのはそれから15分ほどたったときだった。
何ごとかと顔を巡らせるふたりの目にフロアの向こうから歩いてくるひとりの少年の姿がうつった。
見学に来た少年たちよりニ、三歳は年上らしい。周囲より頭ひとつ半ぶんは背が高いので、セレスもアルもすぐに気がついた。
しかしざわめきが起こったのはそれだけが原因ではなさそうだ。
あまりにも彼は目立ち過ぎた。
歩きながら揺れる金髪は男にしては細く艶があり過ぎたし、吊り上がり気味の眉も、藍色の目も高い鼻梁も少し薄情そうな口も、非のうちどころがないほど完璧に顔に配列されていたからだ。
こちらに近づくにつれて見える手足も引き締まって長い。
これほど容姿が整って目立つ少年をアルもセレスも見たことがなかった。
「ケイナ・カートだ……」
誰かがささやくのが聞こえた。
「あれがケイナ・カートなの?」
また誰かがささやいた。
「ケイナ・カートって誰。有名な人なの」
セレスはアルに小声で尋ねる。
「ぼくが知るわけないだろ」
アルは答えた。
あちらこちらで声が聞こえる。
「あんな目立つ格好でさ、モデル・クラブと間違えてんじゃねえの」
「金持ちのおばさんからいろいろ与えてもらってるって聞いたぜ」
「綺麗な顔を綺麗にしとく男の化粧品とか?」
「宝石買ってもらってんだろ? 耳、見てみろよ、ピアスしてんじゃん、赤い宝石のやつ」
「あ、ほんとだ。やばい」
アルとセレスの耳に入る声が本人に聞こえないはずがなかった。
ふいに金髪の少年が歩みを止めた。一斉にみながしんと静まり返る。
彼は自分を見つめる顔をぐるりと見渡した。
(うっとうしい……)
ひそめられた眉は不快感をあらわにし、鋭い目はそう言っているようだった。
「セレス・クレイ」
彼は言った。
アルは仰天してセレスの顔を見た。それ以上にびっくりしたのはセレスだ。
「セレスってやつはいないのか」
金色の髪の少年は再び言った。凛として響き渡る声だ。
周りにいた子供たちが顔を見合わせた。
アルがためらいがちにセレスの体を肘でつついたので、セレスは反射的に立ち上がった。
「お、おれ……」
それを聞いてアルは顔をしかめた。
「おれ」ってことはないだろ、「おれ」ってのはさ……
今度はセレスに注目が集まった。
セレスは困り果てたようにアルを見たが、セレスの横にいたがために自分にも目が向けられているアルはただ顔を真っ赤にするばかりだ。
金髪の少年が一直線に向かって来るのが分かった。
まるで二流の映画のワンシーンのようだ。人が左右に分かれていく。
「彼がセレスの担当じゃないかな」
少年に目を釘づけにしたままアルはささやいた。
「アル、ひとりで大丈夫?」
セレスは同じように少年を見つめながらささやき返した。
「な、なんとかなるよ。終わったらここで待ってて。帰りも送るから」
アルが口早に言うのをセレスは聞いたが、それにはもう返事ができなかった。少年が自分の前に立ったからだ。
「歩けるんだろ」
彼はセレスを見下ろして冷ややかに言った。近づくと遠くで見たよりずっと背が高く感じる。
セレスが怪訝な顔で見上げると、金髪の少年は顎で背後をしゃくった。
「またあの人だかりを抜けていくと思うとぞっとする。呼んだとき来いよ、自分で」
「す、すみません……」
金髪の少年は冷たい目でセレスを一瞥するとくるりと背を向けた。
「セレス、頑張れよ」
アルがすばやく言った。セレスはアルにちょっと笑みを返すと少年のあとに続いた。
「可哀想に……」
誰かがつぶやくのが聞こえた。
思わず見回したが誰が言ったのかは分からなかった。

 居心地が悪かった。
別の小さな部屋に入るなり金髪の少年は部屋にあった椅子にどっかりと腰をおろし、長い足を組んで持っていたファイルを開いて無言で眺め始めた。
椅子は彼の目の前にもうひとつあるだけだったので、セレスはしかたなくそれに腰をおろした。あとは小さな黒い簡素なテーブルがあるだけだ。
まるで尋問室だ。
小さな窓がひとつしかない。壁も真っ白だ。天井の照明が異様に明るく感じられた。
「カウンセリング室だよ。一応」
セレスの心を読んだように少年は不機嫌そうに言った。
目はこちらに向けない。仏頂面でファイルを見つめたままだ。
「カウンセリング室……」
呟いてセレスは再び部屋を見回した。何のカウンセリングなのかは分からないが、こんな狭いところにいたら余計に悪くなりそうだ。
「クレイ指揮官の弟か……」
ふいに少年がファイルに目を落としたまま言った。
「兄さんを知ってるの?」
セレスはびっくりした。
「知らない」
即座に彼は答えた。
(……だって、さっき……)
言おうとしたがやめた。
自分の言うことなど頭から拒否するという空気が彼の全身を取り巻いていたからだ。
相変わらず少年はファイルから目をあげない。いったい何が書いてあるのか……。
自分の出した情報だけではないことは分かった。兄のことは同居者として名前しか提出していないからだ。
しばらく重い沈黙が続いて、たまりかねてセレスは口を開いた。
「あの……」
「ケイナ・カート」
無表情なままで目もあげずに彼は言った。
「ハイラインの4回生。専攻は陸軍士官養成科、オプションで射撃。理想は諜報」
「…………」
なんて答えりゃいいんだよ。セレスは心の中で毒づいた。
“こんにちは、ケイナ・カートさん、今日はよろしくお願いします”
“はじめまして、ケイナ・カートさん、よろしくお願いします……”
この人、少しもおれのこと見ようとしないじゃないか!
その時急に彼の目がこちらを向いたので、セレスはぎょっとした。
「おまえ、どこを志望するの」
「え……」
セレスは面喰らった。
「どこって…… あの……」
ケイナと名乗った少年の口元にあからさまな侮蔑の笑みが浮かんだ。
「じゃあ、どこを見学したい?」
「…………」
何があるのかも分からないのに、どうやって見学したい先なんかを言うことができるだろう。分からないから見学しに来たんじゃないか。
ケイナはこれ見よがしに大きなため息をついた。
「残念だがファストフード店はないぜ。ガキが喜ぶアトラクションもない」
彼はそう言うと髪をかきあげてファイルをパタンと閉じた。
「帰りな。時間の無駄」
途方もなく冷たい目に、セレスはふつふつと怒りが沸き起こるのを感じた。
なんでこんな態度をとられなきゃならないんだよ。冗談じゃない。
そう思って彼の顔を睨みつけた。怒りがなければとてもそんなことはできない美しい顔だった。
「あんたの射撃の腕が見てみたい。射撃の訓練受けてるんでしょう?」
ケイナの目に再び嘲るような色が浮かんだ。
「来いよ」
彼は立ち上がった。