03-3 ケイナ

 「セレス、そっちじゃないよ。そこのエレベーターから156階まであがるんだ」
勝手にどこかに行ってしまいそうなセレスの腕をアルは慌てて掴んだ。中央塔のエントランスは忙しそうに行き来する大人たちでごったがえしている。
塔の中には「コリュボス」のあらゆる中枢機関が集約されていたから、いつも慌ただしい空気に包まれていた。
閉まりそうになっていたエレベーターに飛び込み目的の階でドアが開くと、今度はエントランスとは違ってアルやセレスと同じくらいの年齢の子供たちでごったがえしていた。
八割が少年、二割が少女。「ライン」は女の子たちにはあまり人気のない進路なのだろう。
同じ中央塔がらみのプロフェッショナルでも、女の子たちは秘書養成科や医師や看護婦の方面の専門科がある「スクエア」のほうに進む子のほうが多い。
「ライン」内では女の子たちとは全く別の場所になるので修了するまで顔を合わす事もない。顔を見るのは公開見学会くらいのものだ。
「受付のカウンター、どこか探してよ」
アルは言ったがセレスはふわりと欠伸をかみ殺している。寝坊して遅刻の多かったセレスはきっとまだ眠いのかもしれない。
アルは彼の腕を掴むとごったがえす子供たちの中に突き進んでいった。
そしてようやく見つけた受付のカウンターに向かった。
身分証明と割り当てられたナンバーをコンピューターに入力すると、アルの分は受付票と時間が記された紙が排出されてあっという間に処理が終わったが、セレスは「処理ナンバーなし」と画面に表示されるばかりだった。
「おれ、やっぱだめなんじゃない?」
「飛び入りでもいいって書いてあったんだよ。できるはずだよ」
他人事のように言うセレスにむっとしながらアルは鼻の頭に汗を吹き出し、何度もセレスの書類を入れた。しかし無慈悲にそれは吐き出されるばかりだった。
「当日申込みの受付は終わったわよ」
ふたりの様子に気づいて奥にいたオペレーターの女性が声をかけた。
鼻にそばかすの浮いた愛くるしい顔をしている。
「定員になったの。悪いわね」
「なんとかならないんですか?」
「アル、いいよ……」
食いさがるアルにセレスはささやいたが、アルはかぶりを振った。
「せっかくここまで来たんだぜ!」
女性はそれを見てかすかに笑った。
「しかたないわね…… ちょっと身分証見せてくれる?」
その言葉にセレスがポケットから出した身分証をアルはひったくると押しつけるように女性に渡した。
「ああ、確かに希望は出していたのね。軍科・・・軍科はいつも見学者が少ないから余力があるかもしれないわ。待ってて」
素早くキイボードを叩いた女性はそう言うと奥のコンピューターに向かった。誰かと通信しているらしい。画面も見えなかったし何を話しているのかはふたりには分からなかった。
しばらくして女性は再びこちらに戻って来た。
「もしかしたら入れてもらえるしれない。確認してもらってるからあっちの控え室で待ってて。早ければすぐに迎えが来るわ。30分待って来なかったら、だめだったと諦めてね」
「ありがとうございます。感謝します」
アルはいつもの通りすばやくそつのない返事をした。
小さい頃から口うるさい母親にしつけられてきたたまものだ。
しかし、こういうところがほかの子供たちからは敬遠される部分でもある。
アルの言葉を聞いて受付の女性は笑った。
「いつもできるわけじゃないのよ。今年は志願者が少ないから特にお達しがあっただけ。いい日になるように願ってるわ」
彼女がコンピューターの画面に顔を向けたので、アルとセレスは受付のカウンターから離れた。

 待てと言われた部屋は広くて椅子も並べてあったが、座っている者はほとんどいなかった。
みな、生まれて初めて入る「ライン」のフロアの雰囲気に興奮しているようで、あちらこちらでグループを作り、うるさいほどの声と熱気でごったがえしている。
セレスはやれやれというように隅の椅子に腰をおろした。
「こんなにたくさんいて、全員が「ライン」に入るのかな」
セレスはぐるりと部屋を眺めてあくびまじりにつぶやいた。
「見学会だからだよ。まだ試験じゃないし」
アルも落ちつかなげに周りを見て答えた。
「おれ、水でも飲んで来ようかな。咽が乾いちゃった・・・」
セレスが立ち上がりかけたので、アルは慌てて彼の腕を掴んだ。
「だ、だめだよ!」
「なんで……?」
セレスは怪訝な顔をしてアルを見た。
「な、なんでって……」
アルは顔を赤くした。
「だ、だって、待ってろって言われたじゃないか。そ、それに水飲みに行ってる間に呼ばれたらどうすんだよ。だいたいきみはさっきの人にお礼も言わなかったし、勝手過ぎるよ!」
「あ、そうだね、じゃ、お礼も一緒に……」
セレスが再び立ち上がりかけたので、アルは必死に形相になった。
「だめーっ! こんなとこにぼくひとり残すなあっ!」
セレスは笑いだした。
アルはセレスが自分をからかっているのだと悟って今度は怒りで顔を赤くした。
「セレスのバカタレ」
そう言ってセレスを睨みつけながら、アルは不思議なほどすっと気分が軽くなるのを感じていた。
『そうか……』
アルは気がついた。
セレスは緊張をほぐしてくれたんだ。
そういえば、朝からずっと緊張していたように思う。
こういうとこ、こいついつもぼくをフォローしてくれるんだよな。
アルはちらりとセレスの顔を見た。
セレスはもう何もなかったかのようにまたもやふわりと欠伸をしていた。