02-2 親友

 ジュニア・スクール最後の年になった。
季節のない「コリュボス」で、唯一変わり目と子供たちが実感するのはスクールの修了時だ。
緊張と期待とが折り混ざった落ち着きのない時期だ。
 子供たちは3歳からジュニア・スクールに入り13歳で修了する。
その後はそれぞれのプロフェッショナルを目指す。
希望の進路に進むときには試験がある職種もあり、希望進路に合った成績をおさめている者はジュニア・スクールから推薦状を発行してもらえる。これによって試験が免除になることもあった。
アルとセレスの周りでも話題と言えばスクール修了後の進路についてのことばかりだった。
なかには卒業してからゆっくり考えるさ、という自信家もいたが、 9割の子供たちはスクール終了と同時にそれぞれの道に向かって旅立っていく。

 ふたりはとりたてて将来のことを具体的に話し合ったことはなかった。
避けていたといってもいい。離れてしまうことを実感するのが恐いからだ。
アルはできればずっとセレスと一緒にいたかった。
しかしそれはいくらなんでも不可能だ。いつかはそれぞれの道に進むしかない。
「ぼくさ……」
アルは思いきって口を開いた。図書館に向かういつもの道だった。
「今日、推薦状もらったよ」
「へえ」
セレスがアルの顔をまじまじと見た。
「よかったじゃん。お父さんとおんなじ医者になるの?」
「ううん」
アルはかぶりを振った。
「ラ、「ライン」の情報管理士養成科……に行くんだ」
アルの顔は真っ赤になった。
なんだか照れくさかった。中央塔の「ライン」に進学することは子供たちの間でも一種のステイタスだった。
中央塔にからむ進路に進むと上ランクの生活が期待できた。
「恥ずかしいからほかで言わないでよ」
「恥ずかしいことないよ」
セレスは笑った。
「アルはコンピューター関係で最先端に進むんだろうなって思ってたよ」
アルはそれを聞いて照れくさそうに顔をくしゃくしゃにした。
「セレスは?」
「うん……」
尋ねたとたんにセレスの顔が曇った。そしてアルから目をそらせた。
アルは目を細めてセレスを見た。
「なに?」
アルはセレスの顔を覗き込んだ。
セレスが目をそらすときはたいがい何か知られたくないことがある証拠だ。
アルが貸した本を汚したときもそうだった。
「またなにか、ぼくに隠してる?」
アルの言葉にセレスは困ったように笑みを見せた。
「隠すつもりはなかったんだ。まだ迷ってたから」
セレスはすぐそばを通り抜けていった浮遊型のバイクにちらりと目を向けた。
「あのさ…… 叔母さんが…… ジュニア・スクールを修了したら地球に戻って来いって言ってるんだ」
「え?」
顔から血の気が引くのをアルは感じた。
「地球に…… 帰っちゃうの? なんで?」
「まだ決めてないよ」
セレスはアルがパニックを起こさなければいいな、と思いながら答えた。
アルはたまに過呼吸を起こすことがある。この一年起こっていないから大丈夫だろうと思うけれど。
「叔母さんは軍関係の仕事って昔から嫌いなんだよ。ここにこのままいたら兄さんと同じ方向に進んでしまうからほっとけないってさ」
「軍関係って…… じゃあ、ぼくと同じ「ライン」に行かなくちゃいけないじゃん。セレスはそっちに進みたいの?」
さっきと打って変わってアルの顔に光が差した。
「あ、あのさ、だったらちょうどいいじゃん、一週間後に「ライン」の公開見学会があるんだよ。一緒に行こうよ」
「でも願書もなにも出してないよ。叔母さん、許してくれっこない」
「なんでさ!」
アルは憤慨したように言った。
「お兄さんは許してもらったんだろ? 願書出すときに保護者の同意がいるよ。セレスだけなんでだめなんだよ!」
セレスは困ったな、というようにアルを見た。
「ぼく、やだよ…… 地球に帰っちゃったら、会えなくなるかもしれないじゃないか……」
とうとうアルは涙声になった。
「こんなとこで泣くなよ…… まだ決めてないって言ってんだろ」
セレスは慌てて周囲を見回してアルをなだめた。だがふたりに気をとめる通行者など誰もいない。みんなそれぞれの用事で頭が一杯らしく、立ち止まるふたりをどんどん追いこしていく。
「どのみちスクール卒業したら別々になるんだから一緒だろ」
「物理的に違うよ!」
アルらしい抗議だった。セレスは思わず笑いをこらえた。
「笑うなよう。ぼくはショック受けてんだぞ!」
セレスの顔を見咎めてアルは余計に泣き出しそうな顔をした。
「あのさ、兄さん、トリプルプラスなんだよ」
セレスは静かにアルに言った。
「叔母さんが帰って来いって言ってる理由はそれもあるんだ」
アルはぽかんと口をあけ、そしてがっくりと肩を落した。
歩道の石畳みがじわりと涙でにじんだ。
トリプルプラス。子供を90%以上の確率で作ることができる貴重な人間。
25歳までに最低シングルプラスランクの相手と結婚して子孫を残すよう言われている人種。
セレスもアルもジュニア・スクール修了と同時にこの検査を受けなければならない。
トリプルプラスからトリプルマイナスまでの7ランクに分けられているが、ゼロポイントから上になると公費で治療を受けることができる。生活の保障もある。
子供を作ることができるかできないかでランク分けされることには長い間論争が起こっているが、そうでもしなければ人口の減少が食い止められなかった。
「叔母さんはおれが兄さんと一緒にいると兄さん結婚できないからって言ってるんだ」
「お兄さんはなんて言ってるの?」
言い募る涙声のアルを見て、セレスは肩をすくめた。
「別に気にするなって…… やりたいようにやればいいって……」
アルはしばらく放心状態だったが、急にきゅっと口を引き結び思案するような表情になった。
そして半ば睨みつけるようにセレスに目を向けた。
「だったら行くぞ。公開見学」
「は?」
セレスは怪訝な目をアルに向けた。アルはこれしかないと言わんばかりに眉を釣り上げている。
「公開見学に行けばこっちのもんだ。名前残るしな。そのあとすぐに願書出しちゃえ。どうせ「ライン」に入ったら全員寄宿舎だ。行くぞ! 公開見学!」
セレスはあんぐりと口をあけてアルを見つめた。こいつ、いつになく途方もないことを言う。
アルは力強くうなずくと、さっさと歩き始めた。セレスは慌ててあとを追った。
「無理だよ。おれ、「ライン」の試験受けるような勉強してないよ」
不安そうに言うセレスを見て、アルはにやりと笑ってみせた。
「あと半年ある。任せなさい」
セレスは呆然としてアルを見た。
「任せなさいって…… おれの家庭教師でもするつもり」
「そうです」
アルは鼻から息を吹き出した。
「だてに成績がいいわけじゃない。スクール最後の締めくくりだ。ちょうどいいさ。だから一緒に行くんだぜ、公開見学」
「だけど、保護者の同意がいるんだ。叔母さん説得するの難しいよ」
「セレスはどうしたいの?」
突然ぴしゃりと言い放ったアルの言葉にセレスは思わず足をとめた。
アルが振り返ると、セレスは緑色の目を大きく見開いていた。
ああ、この目。
いつもいったい何を見ているんだろうと思うくらい遠い視線の目。
だからぼくはセレスに惹かれるんだ。
アルは黙ってセレスの顔を見つめ返した。
「おれ、このまま「コリュボス」にいたいんだ」
セレスは言った。
「地球みたいに季節も何もないけど、ここ、好きだよ。アルみたいな友だちもできたし」
その言葉はアルにとって何より嬉しいものだった。
「叔母さん、きっと分かってくれるよ。きっと何もかもうまくいくさ」
「そうだね」
言葉に出すと叶うような気がした。この時はそう信じていた。
きっと何もかもうまくいく。