02-1 親友

 サウス・ジュニア・スクールでトップの秀才と運動神経ばかりが良くて勉強は全然冴えない痩せっぽちがどうして仲良くなれるんだろう、と学校中はうわさが渦巻いた。アルがテストのあとの成績発表以外で話題になることなど初めてだ。
セレスとアルは見た目も全く正反対だった。
ぱっとしない地味な顔だちに太めでおっとりした雰囲気のアルと、こぼれ落ちそうな大きな緑色の目を持つ痩せっぽちのセレス。ふたりの共通点といえば揃って周囲からは敬遠されているという点だけだったかもしれない。
それでもアルはセレスのことを気に入っていた。
セレスはアルにつきあって図書館に行くと、アルが何度も声をかけても気づかないほど本を読むことに熱中した。
家に呼ぶと目を輝かせてアルのコンピューターに触った。
「いいなあ、アルはこんなの持ってて。最新式じゃん」
とつぶやきつつ、一度教えればあっという間にその操作を覚えてしまう頭の回転の早さや記憶力は一緒にいなければ分かりえなかった。
アルはそんなセレスを尊敬したし、セレスと友だちであることに誇りを持った。
不思議だったのはこれほど頭のいい彼がどうして授業中には居眠りばかりしてしまい、成績を奈落の底へと落してしまうのかということだった。
いつもエネルギー全開でテストに挑み、満点を取るアルにとってはそこだけは理解できなかった。

 噂はいつしか飽きられ、ふたりのことなど誰も興味を持たなくなるのにさほど時間はかからなかった。
規則正しく退屈なスクールの生活の中でふたりは放課後行動をともにするというささやかな幸せを共有し、気づかないうちに3年の時間が過ぎていた。
もう、セレスはアルにとっていないことのほうが不自然なくらいの存在になっていた。
セレスにとってもきっとそうだろう。
放課後になってアルを教室まで迎えに来るのはいつもセレスのほうだ。

 セレスが前は地球にいて、3年前に「コリュボス」に来たことや、両親とは幼い頃に事故で死別し、叔母夫婦に引き取られて育ったこと、今は10歳年上の兄と暮らしているということはつき合っているうちに自然と分かってきた。
セレスの兄ハルド・クレイは「コリュボス」で軍管轄の警備指揮官を務めている。
若干23歳で指揮官というからにはきっと優秀な人であるに違いない、とアルは思ったが、ほとんど家に戻らないのでセレスはひとり暮らしをしているも同然だった。
食べることや洗濯はすべて機械任せだったが、セレスの家に行くとさすがにきれいとは言いがたかった。
「時々兄さんが抜き打ちで連絡してくるから焦るよ」
セレスは笑った。
「だから、画面に映る周りだけはきれいにしとくんだ」
確かに通信用の画面に映り込む範囲だけは小器用に整とんされている。
そこまでするなら全部片付けろよ、とアルはリビングのソファの上や床に散らばった紙や衣類を見て苦笑する。
きれい好きのアルの母親が見たらきっと卒倒するに違いない。

 アルの母親は当初自分の息子が小汚い風貌の少年と仲良くすることを快く思っていなかった。
ましてや成績が下から数えたほうが早いと知った日には全身全霊でセレスには近づくなと説得にかかった。
しかし、ひょんなことからセレスの兄が類い稀な出世で指揮官になっていることを知ってからはコロリと態度を変えた。軍関係であるということよりも「中央塔」勤めのエリートであるという面に惹かれたのだろう。
アルはそんな母親を憎々しく思ったが、母親に面と向かって意見できない自分が情けなかった。

 ハルド・クレイにはセレスの家に遊びに行ったときに一度だけ画面越しに会ったことがある。
セレスの言っていた「抜き打ち」の連絡だ。
「兄さん、おれの一番の親友なんだ」
セレスが得意そうにアルを画面の前に押しやるのでアルは顔を真っ赤にした。
「やめろよ、セレス」
そう言いつつ、アルは『親友』と言われたことにまんざらでもなかった。
「仲良くしてくれて感謝するよ。わがままなやつだけど、よろしく頼むよ」
「いえ、あの……」
いつもそつのない返事をするアルはこれまで接したことのない相手にしどろもどろになった。
 画面の向こうのハルド・クレイは、広い肩に鼻梁の高い精悍な顔の青年だった。
整った顔立ちはアルの母親が見たらきっと歓喜のあまり卒倒するに違いないほど十分な気品をたたえていた。藍色の目も厳しく引き締まった口元も恐そうだが、セレスを見るときは優し気にほころぶ。
セレスは大切に思われているんだな、とアルは兄弟のいない自分をちょっぴり哀れんだ。