01-2 緑の少年

 数週間過ぎ、アルは放課後になるごとにセレスの姿を目で追いかけた。
気持ちは少し治まって、最初の頃の衝撃は徐々に薄れた。
彼のことを少し客観的に考えられるようになったからだ。
彼が自分と同じ学年であることはすぐに分かった。授業中は「いつも居眠りしている」と評判だった。
寝てばかりいるからもちろん成績は芳しくないし、年齢のわりには幼く見えるからだつきで、奇異な緑色の目と髪は周囲からは浮いて見えた。
その彼が唯一賞賛の声を浴びせられるのが放課後のバスケットボールであったようだ。
だが、いつもみごとなシュートを決めてはみんなに喜ばれ、肩を叩かれていた彼がだんだん周囲と衝突を起こすようになっていることにアルは気づいた。
校舎から眺めるアルには何をもめているのか分からなかったが、いさかいの原因が彼だということはなんとなく察しがついた。
そしてひとしきりもめたあと、悔しさと苛立ちで赤くなった顔で彼はコートを出ていった。
そんな彼を引き止める者は誰もいなかった。

 さらに二ヶ月ほどたった頃、セレスの姿はチームからは完全に消えていた。
代わりに誰もいなくなったグラウンドの片隅でひとりボールを地面に打ちつけては走り、シュートをしては再び走り出す彼の姿をアルは見るようになった。
どうして彼はチームから外れてしまったのだろう。
あんなにすばらしいシュートを決める彼がチームにいれば負け知らずじゃないか。
いったいどうして……。
そこでアルはふと思い当たった。
負け知らずでは困るのだ。
彼がいることでチームは絶対に負けない。ゲームをしなくても勝敗が分かってしまう。これではゲームにならない。
『でも、だからって……』
アルはやるせない気分でひとりボールにたわむれる彼の姿を見つめた。

 その日、アルは図書館の帰りになんとなく彼がまだグラウンドにいるような気がして学校に戻った。
そして予想通りセレスの姿を見つけた。
アルは薄暗くなって誰もいなくなったグラウンドに入ると、そっと彼に近づいた。
話しかけるつもりは全くなかったし、彼もアルが来たことに全く気づかないようだった。
ボールを地面に叩きつけてはみごとなシュートを決め、そして再びボールをキャッチしてはゴールから離れる。
何度も何度も彼はシュートした。そしてそのたびにボールはネットに入った。
アルは身がすくむようなデジャヴに陥った。
僕は知らないうちに夢の中に迷い込んでしまったのかも。
アルは本気でそう思った。
夢の中と違ったのは、何回目かにシュートしたあとボールを手に持った彼が振り向いて自分を見た時に「目が醒めなかった」ことだ。
それでもアルは小さく「わっ!」と叫んだ。
「なにか用?」
彼は言った。とりたてて何の特徴もないごく普通の「少年」の声だった。
訝しそうな目をして近づいて来る少年にアルは我知らずあとずさりしていた。
「なにか用?」
再び彼が言った。
「い、いや、あの…… もう、ここには誰もいないはずなのに、どうしたのかなって思って……」
アルはしどろもどろになって答えた。頬が熱くなったので、きっと自分の顔が真っ赤になっているんだろうと思った。
(何をおどおどする必要がある? アル・コンプ。落ち着け)
アルは必死に自分に言い聞かせた。しかし彼が自分のほんの1メートル先まで近づいた時には逃げ出したい衝動に駆られた。もちろんそんなブザマなまねはできない。
アルはぐいっと顔をあげて少年を見据え、少しも動揺していないことを分からせるために笑みを浮かべてみせた。
「さ、最近はバスケットのチームに入らないんだね。もも、も、もったいないな」
ちくしょうめ! どもっちまった……!
心の中で舌打ちするアルの顔を彼はまじまじと眺め、アルも負けじとその顔を見つめ返した。
よく整った顔だ。少し強情そうな感じがするが、きれいで、それでいて精悍だった。
何よりもなんて美しい色の瞳だろう……!
緑色の瞳は遠くから見たよりもはるかに透明で深い光をたたえていた。
ふうっと空中に浮かびあがりそうな錯覚に陥りそうだ。
しかしその感覚も彼の言葉であっという間に現実に呼び戻された。
「どこかで会ったっけ?」
アルが必死の思いで浮かべた笑みはみるみるかき消えた。
「あ、ええと……」
せわしなくまばたきをしながら答えたが、視線は知らず知らずのうちに自分の足元を見ていた。
彼は、たん! と一回ボールを地面に打ちつけた。
たん! たん! たん! 続けざまにボールを打ちつける。
それはアルを恐怖に近い感覚に陥れたが、彼は勇気を振り絞って顔をぐいっとあげるとき然として答えた。
「シュートがカッコよかったから、いつも見てたのさ!」
そしてふん!と鼻から息を吹き出した。
緑色の目が微かにほころんだ。
「そう。ありがとう。でも、もうゲームはできないかもね」
悪いことを言ったのかもしれない。うつむいたアルの耳に飛び込んで来たのは全く予想していなかった言葉だった。
「これから帰るの? 一緒に帰ろう」
「え?」
仰天して彼に目を向けた時にはすでに彼は地面にほうり出していたカバンを持ち上げていた。
「おれ、セレス・クレイっていうんだ。よろしく」
アルはしばらく呆然として差し出された彼の手を見つめていた。
男の子にしては長く細い指だった。
セレスの顔に視線を移すと、彼はかすかにどうしたの? というように小首をかしげた。
「ぼ、ぼくはアル・コンプ……」
アルはどぎまぎしなかが彼の手を握り返した。
「アルって呼んでもいいよね?」
「もちろん! 本当はアルフォンソだけど長いから自分ではアルって言ってる」
不思議なほど言葉がすらすらと出た。
ぎゅっと自分の手を握り返してくれる彼の手の感触が嬉しかった。