01-1 緑の少年

 アル・コンプは放課後にグラウンドでほかの子たちと遊んだことが数えるほどしかなかった。
学校の授業が終わったあとの予定といえば図書館に寄るくらいのものだ。
ありえっこないと思いつつ誰かが誘ってくれる期待を胸に30分ばかりグラウンドを眺め、 結局がっかりしながら図書館に向かう。それが日課だった。
 勉強は好きだと思う。
「あんたは頭のいい子だから」というのが母親の口癖で、アルは口にこそ出さないけれど自分でもそう思っていた。
3歳でジュニア・スクールに入って以来11歳になる今までずっと学年で一位もしくは二位の成績をキープしている。
「コリュボス」に3つあるジュニア・スクールで見てもアルの成績はきっと群を抜いていただろう。
 これはきっと何代も前から優秀な学識者を輩出している父親の家系からの遺伝のせいだ。
でも優秀な成績は尊敬されこそすれそれだけでは友だちはできない。
アルはクラスで一目おかれていたが、どうも敬遠されているといったほうがよさそうだった。
すぐに理屈を口にしてしまう癖が災いしているに違いない。
いや、それとも見た目がちょっと暗い感じがするからか……。少し太り気味でもあるし……。
 ため息が出る。体型まで遺伝してくれなくてもいいのに。
アルは父と祖父と曾祖父と、歴代の先祖の顔を思い出して憂鬱な思いになる。揃いも揃ってみな巨漢だった。
 貧相とも言えるほど痩せこけたセレス・クレイに惹かれたのはそのせいだろうかと思った。

 アルがセレス・クレイと出会ったのは、いつもと同じように誰もいなくなった教室の窓辺に立つという日課をこなしたのち、今日も図書館に行こうと考えていた時だった。
窓辺から離れようとしたその刹那、「彼」の姿が目に入った。
校舎から走って出てきたばかりの彼は転びでもしたらすぐに骨折してしまいそうな細い手足に、だぼだぼの革のジャケットをはおっていた。ひょろひょろと走る姿はみっともないほど滑稽な感じにも見えた。
しかし、アルは彼の髪の色に興味を持った。一見黒髪に見えるが、よく見ると一本一本の髪が深い緑色に光っている。
何とも不思議な色だった。
「遅せえよ、セレス!」
バスケットボールに興じていた少年たちのうちのひとりが彼の姿を見つけて怒鳴った。
「補習だったんだ!」
セレスと呼ばれた少年は叫び返し、背負っていた鞄を投げ捨てた。
「おまえいい加減授業中居眠りすんの……」
(やめなよ)と相手が言い終わらないうちにコートに滑り込んだ彼は、ボールをすばやく自分の手に奪いとってあっという間にシュートしていた。
歓声があがる。
アルはその姿に呆然とした。
羽でもついてるんじゃないか? 一瞬そう思った。
スポーツをろくにやったことがなくても普段ほかの子供たちのやることを見ていれば、だいたいこんなもの、というのはアルも理解していた。
鞄を放り投げてから何秒だった? ゴールまでどれくらいの時間だった?
この少年の動きはアルが自分の頭で築いた「常識」をはるかに越えていた。
目を丸くしたまま少年を見つめていたアルは次の瞬間ぎょっとして身を凍りつかせた。
ふいに彼がアルのいる校舎を振り向いたからだ。
だが彼がアルの視線を感じるにはあまりにもふたりの距離は離れすぎていた。
彼は単に気まぐれで校舎に目を向けただけかもしれない。
しかしアルは性能のいいコンタクトレンズで、この少年の瞳が深い深い緑色をしていることをはっきりと見てとった。
 妙に恐ろしさを感じた。それでいて惹きつけられてしまうことにアルは混乱し、後ずさりして逃げるように窓に背を向けた。
『変なやつ、変なやつ……。バカみたいに細くってそれでいて……緑色の目』
アルにもしいつも一緒にいる友だちがいたならば、たぶん驚嘆されただろう。
『すごいよ、きみ。この場所から相手の髪の色や目の色や、着ている服とか走り方まで。観察力があるってきみのことじゃない?』
残念ながらそんなふうに言ってくれる友人はまだいなかった。
ただ、一刻も早く教室から逃げ出したかった。

 その日のアルは図書館に行っても全然勉強に身が入らなかった。
家に帰って自分のベッドに潜り込み寝入ってしまうまで緑色の少年の姿はアルのまぶたの裏に焼きついていて彼を苦悩に陥れた。
そしてきっちり夢を見た。
夢の中で彼はアルの目の前で何回も何回も空中を舞うようなシュートを見せる。
何十回も飛んだあとに、彼はついっとアルに顔を向けた。
そしてその目を見たとたんにアルは「わっ!」と叫び、同時に目が醒めた。
体中びっしょり汗まみれで心臓はどきどきと脈打っていた。
怖いんじゃない。違う。怖いんじゃない……。
必死に自分に言い聞かせつつ、アルは頭のどこかで悟っていた。
自分はあの少年に囚われてしまったのだ。

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