32-3 エピローグ

「アシュア……」
そうつぶやいた次の瞬間には、アシュアの大きな腕が自分の肩をがっしりと抱くのを感じた。
「悪い! おれのほうから行けば良かったんだけど、動けなかったんだ……」
呆然としているカインにアシュアは顔を上気させながら言った。
アシュア…… 生きてたんだ…… 良かった。
少し痩せたように思えたが、燃えるように赤く強烈なくせっ毛も、人懐っこそうに笑う口元も、以前のアシュアと変わらなかった。その安堵に思わず足から力が抜けた。
「おっと……!」
慌てて自分を支えるアシュアの腕の向こうに突き出された小さな手を見てカインはぎょっとした。
「アー」
「お兄ちゃんよ」
子供の声とともに、リアの声が聞こえた。 顔をあげると、リアが小さな男の子を抱いて笑って立っていた。
肩まで垂らしていた髪は結い上げられていたが、彼女も少し泣き出しそうな顔で笑う表情は変わっていなかった。
「え……」
カインは状況がよく飲み込めずに、自分に差し出された手をただ見つめていた。
「もうひとりいるんだよ」
アシュアはそう言うと身をかがめて、足元にまとわりついていたらしい女の子を抱き上げた。
「え……??」
リアが自分の腕に押しつける男の子をカインは慌てて受け止めた。
小さい…… 小さい手。まだ一歳にもなっていないんじゃないだろうか。
「えへへ。おれの子。」
アシュアは照れくさそうに言った。
「えっ? リ、リアとの?」
「やあねえ。ほかに誰の子だっていうのよ」
リアが言った。
嘘だろ…… カインは自分の顔をぴたぴたと小さな手で叩く男の子を見た。確かにどことなくアシュアに似ている。女の子のほうは…… トリに…… いや、リアにそっくりだ。でも、この子もアシュアに似てる。双児……。
「ダイとブランよ。この子がダイ」
リアはカインが抱く男の子の頬に触れて言った。
「ダイ……」
つぶやくと、ダイは嬉しそうにカインを見て笑った。
カインはユージーを振り返った。それに気づいたユージーは肩をすくめた。
「ケイナと約束をしたんだ。必ずアシュアを探すって。だいぶん時間かかったけどな」
「あたしのせいなの」
リアが慌てて口を挟んだ。
「わたしたちのほうからあなたに会えばたやすいことだったの ……でも、ケイナたちのことを聞いて、わたし、しばらくだめだったの。それと出産やいろいろ重なっちゃって……」
「いいよ……」
カインは泣き出しそうになるのを必死になってこらえた。
「すみません。ぼくがいけなかったんだ…… ぼくは何もできなかった……」
「違うわ」
リアは言った。
「地震を起こしたのは……」
「そういう話題はナシだぜ」
ユージーが遮った。
「未来に役立つことをしよう」
彼はそう言うと部屋の外を顎で示した。
「未来に役立つことを」

「夏で少し表面が溶けて氷の状態が不安定なのと、断層からまだ活動のエネルギーが微弱だが出てる。あまり大きな衝撃を与えられないんだ。下の箱を潰してしまう危険性もあるしな」
計器類のひしめく部屋に3人を案内したユージーは言った。
「幾重にも重なった氷が邪魔をして今まで生体反応を取ることができなかった。やっと届く範囲まで来たから、細いセンサーを氷に突き刺してその先につけた装置で読んだんだ」
部屋の中央の四角い天板の前に来て彼は自分の小指を突き立てた。
「これくらいの太さのチューブを氷を溶かしながらずっと中に入れていったんだよ」
カインは緊張した面持ちで彼の顔を見た。
「解析情報をビジュアル化したものだ」
ユージーは手元のスイッチを押した。
四角い天板の上に細いラインが何本も走り、からみ合って少しずつ形を作っていく。
やがて空中に浮かぶようにそれは具体的な形を成していき、数分後、4人とアシュアの子供たちは天板の上にぽっかりと浮かぶ 見覚えのあるふたりの姿を見た。
「マンマ!!」
ダイがそれを指差して叫んだ。リアは震えながらダイを抱き締めた。
「あるんだ。生体反応が…… 生きてる。ふたりとも」
ユージーは3人の顔を交互に見て言った。
カインは感覚のない足が自分の体を支えてくれないんじゃないかと思った。きっと自分は今、不格好なほど震えているだろう。だが、アシュアもリアも同じようなものだった。
「どうして…… あれから一年以上もたつのに……」
カインは思わず天板の端にしがみついてつぶやいた。
ふたりの姿は一年半前と同じだった。お互いにしっかりと抱き締めあい、人形のように白い肌と凍っている髪を除けば顔を寄せて幸せそうに眠っているように見える。
夢の中で見た光景と同じだ。
「酸素がずっと供給されてるのと……」
ユージーは一瞬口をつぐみ、再び続けた。
「断層が出すエネルギーの波長に合わせて…… 心臓が鼓動を打ってる。死なないぎりぎりのところで生命を維持してる。低い温度と酸素と…… いろいろ偶然が重なっているんだろうが…… 奇跡としか言いようがないよ」
「夢見たちが……」
リアが震える声で言った。
「夢見たちが言ってたの。星に声をかけてるって」
ユージーとカインがリアの顔を見た。
「星に声をかけてるって。あのときは何のことか分からなかった。でも、このことだったのかもしれない ……星はケイナたちを助けてくれたのよ」
ユージーは口を引き結んでリアから目をそらせた。
彼は非科学的なことを信じないタイプだ。
祈りは確かにあったかもしれない。しかし、ノマドの夢見が地震を起こし、その後のふたりの保護を星の意志にゆだねるなどナンセンスだった。彼らが何らかの装置を使ったことをユージーは突きとめていたし、カインもそのことは薄々感じていた。そうでなければ、あれだけの規模の地震がいきなり起こるはずがない。
それでも、生きていて欲しいという願いは…… 彼らだけでなく、みんなが心のどこかで密かに持っていたことだった。
その願いが受け止められたのなら、何も言うまい……
ユージーがそう考えていることは、カインにも察しがついた。
「この環境の中で今生きているといっても、そう何ヶ月も何年ももつわけじゃない。同じように細いラインを差し込んで遠隔操作で彼らには医療処置を行いながら掘り起こして行く予定になってる」
ユージーがそう言って自分の顔に目を移すのを感じてカインは彼の顔を見た。
「ふたりを助ける。プロジェクトは二度と行わないと約束できるか」
カインはユージーの顔を見つめた。
「プロジェクトは一年半前に…… 解散したよ」
カインは答えた。